(天理教の時間)
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第1287回2024年6月21日配信

トイレのスリッパ

伊藤教江先生
伊藤 教江

文:伊藤 教江

第1134回

異国で出会った少女

ブラジルの日本語学校の生徒と再会した。日本で結婚した彼女は、私の本に影響を受け、里親活動を始めたという。

家族のハーモニー「異国で出会った少女」
 「人間いきいき通信」2019年11月号より

白熊 繁一

 
「先生、私ナオコです。分かりますか?」

受話器から聞こえる懐かしい声の主は、私と妻が若き日、ブラジルの日本語学校で教師をしていたときの生徒だった。当時まだ小学生だった彼女の、あどけない顔がすぐに浮かんだ。

直子ちゃんは日系二世のブラジル人だが、日本人の彼氏と出会って結婚し、現在は日本で暮らしている。私は数年前、里親として子供たちと過ごす日々の情景をつづった『家族を紡いで』という詩文集を上梓したが、その本を読み、夫婦で里親を始めたと聞いて、えも言われぬ嬉しさが込み上げてきた。夫婦が所属する里親会に、話をしに来てほしいというのが電話の内容だった。断る理由などなく、二つ返事で引き受けた。

四月、その会場で直子ちゃんとご主人に会った。少女のころの面影が残る直子ちゃんとは、懐かしさのあまりブラジル流にハグをしながらのあいさつとなり、三十数年の時空を飛び越えて、当時の教師と教え子に戻った。

その日、講演を終えた私に、夫婦は現在養育している三人の里子を紹介してくれた。元気にあいさつする子供たちの屈託ない笑顔に、夫婦がたっぷりとかけている愛情を感じた。

翌日は、ご主人の運転で観光地を案内してくれた。私が住む東京は、すでに初夏のような陽気だったが、その地にはまだ雪が残り、大自然の景色を堪能した。足元にフキノトウが群生し、二人はそれを摘んで、大好物だという私にお土産として持たせてくれた。

車中でも食事のときも、懐かしいブラジルのことや、養育する子供たちのことなど話題は尽きなかった。私たち夫婦がブラジルで出会った子供たちとは年々、連絡が途絶えていったが、子供たち同士はいまもつながっている。直子ちゃんは、誰それが結婚したとか、その相手のことや住んでいる場所まで、詳しい近況を教えてくれた。一人ひとりの顔が浮かんでくるが、それはもちろん子供のときの顔で、いまの様子は想像すらできない。

直子ちゃん夫婦に見送られ、その地を離れた数日後、直子ちゃんからメールが届いた。そこには「子供のころ、迷惑ばかりかけて、遅くなったけど、ごめんなさい」と書かれていた。思春期には誰にも覚えのある出来事なのに、いまでもそのことを覚えてくれている。その姿から、立派な大人に、そして頼もしい母親になったと感じた。

メールには、これからも子供たちのことで相談に乗ってほしい、とも書かれていた。以後、里子たちの様子を時折知らせてくれる。若い夫婦が、三人の里子たちの親として、日々心を砕きながら養育している情景が目に浮かぶ。そのことを、私は何よりも尊く思い、彼女からのメールそのものが嬉しいと返信している。

子供を育てる日々は、喜びも多いが、悩みも尽きることはないだろう。親は子供の表情や仕草に一喜一憂し、右往左往するものだ。時折、さまざまな方から子供の養育について相談を受けるが、私は個々の悩みに応えることよりも、その方たちの気持ちに寄り添いたいと、常々考えている。どんな悩みも気軽に打ち明けてもらえるように―。

直子ちゃんのメールには、自分を育ててくれた親への感謝の思いもあふれていた。これさえあれば何も心配はいらない。子供たちを抱きしめて生きる若い夫婦を、いつまでも私の心のなかで抱きしめていたい。

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