第1123回2021年4月24日・25日放送
〝親〟としての幸せ
3歳で里子として迎え入れてから15年、正夫が晴れて希望の大学に入学。夢に向かって日々、奮闘している。
家族のハーモニー「〝親〟としての幸せ」
「人間いきいき通信」2018年8月号より
白熊 繁一
街中が春色に染まりだしたころ、わが家にも、とびっきり嬉しい春が訪れた。正夫が大学生になったのだ。
私たち夫婦が里親認定を受けた直後、三歳の正夫を里子として受託した。肉眼では見えないつながりを感じて、夫婦で「おかえりなさい」と言って抱きしめた日から、はや十五年の歳月が過ぎた。正夫は中学生になると、背丈も成績もぐんぐん伸びた。目指す高校にも早々と推薦合格を決め、三年間、ダンス部で活躍した。
高校一年生のある日の深夜、私に相談があると言ってきた。それは、将来就きたい職業と進学の夢、そして、そのためにアルバイトをしたいという申し出だった。どれも反対する理由はなく、「みんなで協力するから精いっぱい頑張ってごらん」と伝えた。
正夫は、貯金の目標額を設定し、自分で使ってしまわないようにと、給料が振り込まれる銀行の通帳、印鑑、カードを私に託した。そして、私たちが心配になるくらい、勉強、部活、アルバイトに打ち込んだ。
大学受験を間近に控えた昨年秋、深夜に真剣な面持ちで、再び私の部屋にやって来た。そして、目指していた将来の職業と目標大学の変更を打ち明けた。正夫は、自分が里子として育ってきた経験と、わが家で共に暮らす障害のある里子たちの日常を見てきたことから、児童養護の世界へ進みたいと言った。それも、障害がある子供たちをケアする仕事に就きたいという。
深く考えてのことだろう。真剣な眼差しに、胸に迫るものがあった。この時期に進路変更が間に合うのか、それだけが心配だったが、正夫の思いを尊重して応援すると約束した。
そしてこの春、正夫は見事試験に合格し、大学生となった。入学式の日、記念写真を撮った。ファインダー越しに見るスーツ姿がまぶしく、広くなった肩幅に頼もしさを感じた。
正夫は受験と並行して、奨学金制度の申請手続きも自ら手がけた。正夫の許可を得たので、審査に提出した作文の一部を紹介したい。
「私が四歳の時、ぐずっている私を母は階段で落ち着かせようとしていたのですが、それでも私は暴れて、階段から落ちてしまいました。しかし、目を開けた時、私の下にいたのは母でした。母は身を挺して私を守ってくれたのです。時には厳しい母ですが、どんなことがあっても私を守ってくれる優しい母を尊敬し、憧れています。
父は、幼なじみの友人のようです。よく車で送り迎えをしてくれますが、その時の会話から、将来の夢や人間関係についてなど、多くのことを学びました。両親との何げない日常が今の私を形成し、当たり前の毎日に気づける幸せを教わりました」
何枚もの原稿用紙に、今日までの日々の景色が、さりげなくつづられていた。妻と共に読みながら、涙がとめどなく頬を伝った。
大学は郊外にあるので、自転車と電車とバスを乗り継いで通学し、アルバイトにも夜遅くまで奮闘している。先日、珍しく朝寝坊をして電車の時間に間に合わなくなった正夫が「お父さん、駅まで送って!」と叫んだ。その言葉を聞いた娘が、超高速で特大おにぎりを作り、カップに入れた味噌汁とともに「車の中で食べて」と、正夫に手渡した。
車中、正夫がおにぎりを頬張りながら、「僕は恵まれた大学生だなあ」とほほ笑んだ。私は車を走らせながら、心がじんわりと温かくなり、春の日差しに溶けていくような幸せを感じた。甘く香ばしいカフェラテのように……。