(天理教の時間)
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第1406回2026年10月2日配信

9年目のランドセル

yamasaki
山﨑 石根

文:山﨑 石根

第1365回

これが天理や

教祖はよく若者と力比べをされた。そうして神の厳然たる力を示すとともに、信仰の要諦をお教え下さった。

これが天理や

 

教祖はよく、お屋敷へやってきた若者と力比べをすることがありました。そうして神の厳然たる力を示されるとともに、信仰の要諦についてお教え下されています。

 

明治12年秋、大阪の中川文吉さんが、突然眼を患い、失明寸前の状態となりました。近所に住む井筒梅治郎さんのおたすけにより、三日のうちに鮮やかな御守護を頂いた文吉さんは、翌明治十三年、お礼詣りに初めてお屋敷へ帰らせて頂きました。

教祖は、文吉さんに親しくお会いになり、「よう親里を尋ねて帰って来なされた。一つ、わしと腕の握り比べをしましょう」と仰せになりました。

日頃から力自慢の文吉さんは、このお言葉に苦笑を禁じ得ませんでしたが、拒むわけにもいかず、たくましい両腕を差し出しました。すると教祖は、静かに文吉さんの左手首を握られ、次いで文吉さんに、右手で教祖ご自身の左手首を力の限り握り締めるようにと、仰せられました。

文吉さんは仰せ通り、力いっぱい教祖の手首を握りました。すると不思議なことに、反対に自分の左手首が折れるかと思うほどの痛みを感じたのです。

文吉さんは、思わず「堪忍して下さい」と叫びました。すると教祖は、

「何もビックリすることはないで。子供の方から力を入れて来たら、親も力を入れてやらにゃならん。これが天理や。分かりましたか」

と仰せになりました。(教祖伝逸話篇75「これが天理や」)

 

スポーツにおけるトレーニングでも、力を入れ、負荷をかけることによって体力はついていきます。信仰において鍛える部分は、唯一自由に使うことを許されている「心」。この信仰は「願い通りの守護」ではなく、「心通りの守護」であると教えられます。子供の方から力を入れるとは、即ち親神様にもたれて精一杯信仰の実践に努めることです。

親神様は、私たちが日常、どれほど真実を尽くし、心を尽くして働いているか、その力の入れ具合をご覧下さっています。「この人はこれだけの基礎体力があるはずなのに、まだまだ出し惜しみ、使い惜しみをしているな」と判断されれば、親神様も力をフッとゆるめてしまわれるかも知れません。

日々、信仰実践によって基礎体力をあげながら、いざという時は、力の限りを総動員して親神様にもたれ切る。その時親神様は、ビックリするほどのご守護をお見せ下さるに違いありません。

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