第1274回2024年3月22日配信
てんりわうのみこと
親なる神様の神名を唱え、一心に祈る。それは、子供が父母の名を呼び、頼り切る姿と同じである。
てんりわうのみこと
朝日が窓辺を明るく照らす頃、さわやかに目が覚める。思い切り腕を伸ばし、新鮮な空気を目いっぱい吸い込んで、今日という一日が始まる。実に平凡な日常生活の一コマです。しかし、これらの動きの中で、私たちが意識して行っていることはどれほどあるでしょう。私たちが意識せずとも、自然に時は刻まれ、世界は動き、身は健やかに新陳代謝を遂げているのです。
お言葉に、
たん/\となに事にてもこのよふわ
神のからだやしやんしてみよ (『おふでさき』三 40・135)
とあります。
この世界は親神様の身体であって、世界はその隅々まで親神様の恵みに満ちています。私たち人間は、親神様のご守護によってすべてを与えられ、生かされて生きている。いわば、親神様の懐住まいをしているのです。
月日にハせかいぢううハみなわが子
かハいいゝばいこれが一ちよ (十七 16)
月日親神様と私たち人間、それは親と子の間柄です。親神様は溢れんばかりの親心で私たちの行く末を見守ってくださる、実の親です。感謝を込めて呼べば答えて下さり、祈れば聞き入れてくださる親なる神様です。
この親なる神様に向けて、私たちは、朝夕のおつとめで、
あしきをはらうてたすけたまへ
てんりわうのみこと
と一心に唱え、お祈り申し上げます。
天理王命とは、親神様の神名、お名前です。お名前を申し上げることは、素朴な祈りの基本とも言えます。ちょうど子供が、なにか事ある度に「お父さん、お母さん」と呼び、親にもたれる姿と同じですね。
どのよふな事をするにも月日にて
もたれていればあふなけハない (十一 38)
この安心感こそ、親神様の私たちに対する親心の現れに他ならないのです。
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