(天理教の時間)
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第1409回2026年10月23日配信

合理主義を超えて

家族円満 長谷川善久先生
長谷 川善久

文:長谷 川善久

第1300回

神、月日、をや

親神様の存在とはいかなるものか。様々に呼び名を変え、分かりやすくお説きくだされている。

神、月日、をや

 

天理教教祖・中山みき様「おやさま」は、親神様の存在とはいかなるものか、私たち人間が得心しやすいように様々な言い方でお示しくだされています。直筆による「おふでさき」において、はじめは「神」といい、次には「月日」と呼び、さらには「をや」と言い表しています。

神という言葉は、当時、信仰の対象を指すものとして一般的に広く使われており、庶民の多くは、福を招き、禍を避けるためにあらゆる神々に祈願していたものです。そのような背景の中、教祖は、

 

  たすけでもをかみきとふでいくてなし
  うかがいたてゝいくでなけれど (三 45)

 

と仰せられ、親神様は、それまでに拝み祈祷の対象とされていた神々とは全く違う存在であることを示されました。親神様こそ、この世界と人間を造り、昔も今も変わることなく人間の身体から日々の暮らしに至るまで全てを守護している神である。そのお働きを、この世を創めた神、元こしらえた神、真実の神などと言葉を添えてお説きくだされています。

また、次に親神様を「月日」と呼び、空に仰ぎ見る太陽や月によせて、より具体的にその存在を感じ取れるよう導かれました。太陽の光と熱は、あらゆる物の命の源であり、夜の暗がりを照らす月の明かりもまた、地球の生命にとって欠くことのできない恵みです。

しかもそれらは、何の分け隔てもせず、惜しむことなくこの世のすべてを照らし出している。このような姿を指しながら、昼夜を分かたず、すべての存在に恵みを与えられる親神様の存在を示されたのです。

そしてさらには「をや」という言葉で、身近な肉親への情を喚起させるよう、親しみを込めて親神様を言い表しています。すなわち、親神様ははるか彼方にあり、絶対の立場から人間を支配される、そのような遠い存在ではない。むしろ私たち人間のもとへと、どこまでも身を寄せられつつご守護くださる神様であり、いついかなる時も、すがることのできる親身の親であることを示されたのです。

 

  にんけんもこ共かわいであろをがな
  それをふもをてしやんしてくれ (十四 34)

 

  にち/\にをやのしやんとゆうものわ
  たすけるもよふばかりをもてる (十四 35)

 

  せかいぢう神のたあにハみなわがこ
  一れつハみなをやとをもゑよ (四 79)

 

これらのお歌からあふれ出る親としての情愛は、いかばかりでしょう。親神様こそ、全人類、すべての子供が可愛いという親心から、人間本来の生き方である陽気ぐらしが実現できるようにと、日夜心を砕き、お見守りくださる真実の神なのです。

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