第1342回2025年7月11日配信
ひとことの言葉
言葉の持つ力はすごいもの。何気ない一言が、神様を介してどれほどの大きな意味を持つかもしれない。
ひとことの言葉
天理教教祖・中山みき様「おやさま」は、ある日、飯降よしゑさんに、こうお聞かせくださいました。
「よっしゃんえ、女はな、一に愛想と言うてな、何事にも、はいと言うて、明るい返事をするのが、第一やで」(教祖伝逸話篇112「一に愛想」)
日常のちょっとしたことであっても、何事にも「はい」と明るい返事をする。そして「愛想」と言われるように、ただ返事をするだけでなく、顔の表情や身のこなしなど、全身から素直さがにじみ出るような姿が大切でありましょう。
教祖は、別のお言葉においても、
「愛想の理が無けりゃ曇る。曇れば錆る」(M27・7・30)
とお諭しくださいます。一つの「はい」という返事にも心を込め、また、ちょっとした言葉づかいや態度の違いにも目を向けると、世界が違って見え始め、新たな扉が開かれてゆくのです。
教祖が教えられた「みかぐらうた」に、「ひとことはなしハひのきしん」(七下り目 一ッ)とあります。「ひのきしん」とは、神様への感謝を表すご恩報じの行いを指しますが、つまり私たちが発するひとことの言葉が、神様を介してどれほどの大きな意味を持つかもしれない、ということを表しているようにも悟れます。
こんな逸話が残されています。
小西定吉さんは、不治と宣告された胸の病を、教祖にすっきりたすけて頂きました。また、同じ頃、お産の重いほうであった妻のイエさんも、楽々と安産させて頂きました。
お屋敷へお礼に参った定吉さんが、教祖に、「このような嬉しいことはございません。この御恩は、どうして返させて頂けましょうか」と伺うと、教祖は、「人を救けるのやで」と仰せられました。
そこで、「どうしたら、人さんが救かりますか」と再びお尋ねすると、教祖は、「あんたの救かったことを、人さんに真剣に話さして頂くのやで」と仰せ下さいました。(教祖伝逸話篇100「人を救けるのやで」)
自らたすかったことを、自らの言葉で伝えることこそ、神様への大きなご恩報じ、「ひのきしん」となるのです。
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