第1311回2024年12月6日配信
心の栄養
同級生たちが定年間近になっても、教会長としてはまだ若手である。有難いことに、信仰に定年はない。
だけど有難い「心の栄養」
最近、大学時代の友人と三十年ぶりに再会しました。高校の校長を五年務め、あと二年で定年退職とのことでした。
「定年退職したらどうするんや」
「悠々自適の生活や。あんたは、いつまでやってるんや」
そう聞き返されたので、「私はまだ若手やで」と答えました。
私は教会長として、そんなに年齢が上のほうではありません。しかし考えてみると、私くらいの歳になって、若手だなどと言っているのは、落語家と天理教の教会長くらいかもしれません。
ある落語家が、こんな話をしていました。
「落語家は定年がないんです。ですから、何十歳になったってできる。だからといって、歳を取らないわけじゃない。目はかすんでくるし、膝が痛くなるし、老化現象は確実にやって来る。最近では、高座で十分しゃべったら、七、八時間寝ないと疲れが取れないんです。それを見かねて、新橋に住んでいる医者の友人が、『これを飲みなさい』と薬をくれました。骨が強くなる薬だというので、素直に一日一錠飲んでいた。しかし、この歳になって飲み始めて、効果が出るのはいつかと考えると、おそらく骨揚げのときです。焼き場で『丈夫な骨だねえ』と褒められてもしょうがないと思って諦めた」
お年寄りには、薬をたくさん飲む人が多いですね。薬だけではなく、サプリメントと呼ばれる栄養補助食品をさらに摂ったりもする。鞄が薬でいっぱいという人もいます。
体はそうやって薬で補っていますが、心はどうでしょう。心の栄養は、いったいどんなサプリメントを摂っているのでしょうか。私は、心にも栄養が必要だと思うのです。そして、心の栄養補給には、教会へ足を運ぶことが一番だと思います。なぜかと言えば、教会ではどんなに歳を取った人も、自分が何かをしてもらう話ではなく、させていただく話を聞くからです。お世話になる話じゃない。お世話をする話なのです。だから教会長も信者さんも、信仰する人は、みな若いのだと思います。
信仰に定年はありません。おつとめも、ひのきしんも、にをいがけも、おたすけも、何歳までという年齢制限はないのです。しかも実行したら実行しただけ、神様からご守護を頂くので、ますます元気になるのです。有難いですね。
私は、その同級生から「もうすぐ定年で悠々自適」と聞いたとき、「羨ましいな」と返事をしました。でも、本当は羨ましくないのです。定年がないほうが、どれほど素晴らしいか。やることがない人生ほど、つまらないものはありません。お道は出直すまで成人できます。共々に、いつまでも青春で、元気で教えを学ぶ者、道を求める者として歩ませていただきましょう。
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