第1337回2025年6月6日
匂い
教えを伝えることを「にをいがけ」と仰せられる。教えを実行することで、お道の匂いが身につくのだ。
だけど有難い「匂い」
嗅覚というのは五感の一つです。五感とは、目、視覚。耳、聴覚。鼻、嗅覚。舌、味覚。そして手で触る、触覚の五つですね。なかでも嗅覚は、人間がはるか大昔に身につけた能力のようです。視覚は、どちらかというと新しい能力のようです。
なぜ、そんなことが分かるのか。五感で得た情報はすべて脳に伝えられ、脳が判断を下します。物を見たときに「これは花だな」「花のなかでもチューリップだな」「チューリップのなかでも綺麗だな」というふうに感じるわけです。これはかなり高度な処理です。
これに対して、嗅覚はもっと直接的です。たとえば、臭い匂いを嗅いだ瞬間に「臭い!」となります。識別も何もありません。いきなり臭いのです。これは嗅覚の特徴です。面白いものですね。
嗅覚には、ほかにもいろいろな特徴があります。たとえば、良い香りだと思う香水でも、濃くなり過ぎると臭く感じるようになります。しかし、その場に長くいると慣れてしまうのです。これも判断するとか、脳が感じるとかではありませんね。
私たちがテレビを見ているとき、その場面を視覚と聴覚で想像します。この二つで十分想像できるのですが、もし、さらにリアルになって、テレビから匂いが出てきたらどうでしょう。新鮮な海産物の調理のシーン。トイレで化粧直しをするドラマのシーン。画面が変わるたびに匂いがするとしたら、おそらく部屋がさまざまな匂いでいっぱいになって、テレビを見ていられなくなるでしょう。
一方、視覚は見たくなければ遮断できます。目をつぶればいいのです。聴覚も聞きたくなければ耳を覆えばいい。口は閉じれば食べずに済みます。触覚は触らなければいいのです。
嗅覚はどうでしょうか。鼻をつまめばいいようなものですが、呼吸の役割もありますから、いつまでもつまんでいるわけにはいきません。結局、匂いというのは拒絶できないのです。五感のうち、より本能的で避けられない感覚、これが嗅覚なのです。
女性は成長するにつれて、自分や家族とは違う匂いを本能的に求めるといいます。ですから年ごろになると、お父さんの匂いは嫌になる。彼氏の匂いがいいのです。結婚して子供が生まれると、今度は子供を守ろうとする本能が働いて、自分や子供、家族以外の他人の匂いがだめになります。つまり、夫の匂いがだめになるのです。
男からすれば困ったことで、父親は娘をいくら可愛がっても、年ごろになると相手にしてもらえない。夫は子供が生まれたら、妻から相手にしてもらえないのです。
教祖は「にをいがけ」と仰せられました。私たちは、自分の匂いは分からないけれども、他人の匂いはよく分かります。自分の家の匂いは分からないけれども、よその家の匂いはよく分かるのです。
私たちはみな、自分の匂いを持っています。どんな匂いを掛けるのか。お道の匂いを掛けなさいと仰せくださっているのです。それはどうやったら身につくのかといえば、教えを実行すれば身につくのです。
お風呂に入って石けんで体を洗うと香しい匂いがします。石けんの匂いというのは、だいたいみんな好きな匂いのようです。ですから、お風呂から上がった人は良い匂いがするのです。石けんで体を洗うように、教えで心を洗う。綺麗にして、その匂いを掛けて回るということが、私たちの大事な御用なのです。
世界に無臭のものはありません。どんなものにも必ず匂いはあるのです。人も同じです。ですから「にをいがけ」は、いつでも誰でも、知らずしらずのうちにしているのです。私たちの役目は、お道の匂いを掛けて回ることです。そのためには、相手に近づかなければなりません。隣の部屋にいたのでは分からないのです。私たちのするべきことは、教えを身につけ、人に声を掛けて回ることなのです。
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