(天理教の時間)
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第1407回2026年10月9日配信

転んで見えたもの

家族円満 花田浩美
花田 浩美

文:花田 浩美

第1341回

お願いの仕方

心定めと取引を混同してはならない。「たすけてくれたら何々します」というのは取引であって、心定めではない。

だけど有難い「お願いの仕方」

 

川中島の戦いをご存じでしょうか。戦国時代、現在の長野市郊外にある川中島を舞台に、戦国武将の武田信玄と上杉謙信の間で繰り広げられた戦のことです。当時の暦でいえば、永禄四年八月十五日、上杉謙信が兵を率いて川中島に陣を布きました。それを知った武田信玄は、十六日に出陣して、二十四日に川中島に着陣します。双方にらみ合いが続いたあと、有名な「鞭声粛々夜河を渡る」と漢詩に詠まれた決戦は、九月九日と十日に行われたということです。

私は講釈師ではありませんから、いまから合戦について長々と語るつもりはありません。なぜ、川中島の話をするかというと、このとき決戦を前にした武田信玄と上杉謙信は、それぞれ神仏にお願いをしていて、その願文(がんもん)が残っているのです。

上杉謙信は、「戦の神様」と称えられるくらい、戦上手だったといわれます。どんなお願いの仕方をしているのかというと、「義があるのは自分である。だから神仏は自分に味方せよ」。つまり、自分のほうが正しい。だから自分を応援するべきだという内容が願文に記されています。

武田信玄はどうかというと、「もし勝たせてくれたなら、斯く斯く然々のことをさせてもらう」と、こういう願い方をしているのです。

今日、私たちが神様にお願いをする仕方からすれば、二人ともあまり良い願い方とは言えませんね。特に上杉謙信のような願い方をする人は、ほとんどいないでしょう。よほどの自信家でないと、こうはいきません。たとえば、病気や事情で悩み苦しんでいる人が、「自分は決して悪くない。今日まで人に迷惑をかけた覚えはない。なぜ自分が病気になるのか」などと言い立てて、「だから、たすけろ」と言うのと同じです。

しかし、武田信玄のような考え方をすることは、私たちもあるのではないでしょうか。「たすけてくれたら、修養科へ行きます」「ご守護くださったら、別席を運びます」「たすけてくれるなら、お供えをさせてもらいます」。これらは一見、心定めに似ていますが、実は取り引きなのです。

病院で手術を受けるときに、「成功したら、お金を払います」というようなことは言わないでしょう。成功しようが失敗しようが、手術代は払わなければならないのです。注射を打ってもらったら、注射代を払うのです。成功報酬のようなものを病院は認めてくれません。当たり前のことですよね。

私たちが神様にお願いする場合も、決心することが大事です。「たすかったら、こうさせてもらいます」というのは決心ではありませんね。ここを間違わないようにしないといけません。

『稿本天理教教祖伝』に、清水ゆきという人が、をびや許しを戴く話があります。教祖のお子さんであるおはるさんが、をびや許しで楽々と安産するのを見て、ゆきさんも願い出ます。そして、教祖からをびや許しを戴くのですが、毒忌みや凭れ物といった当時の風習にも同時にすがりました。こういう願い方をしたところ、大変な難産で産後も三十日ほど寝込みました。いったいどうして、こんなことになったのかと教祖にお尋ねすると、「疑いの心があったからや」とおっしゃったのです。

翌年、ゆきさんは再度妊娠し、教祖の仰せ通り、素直にをびや許しだけを頼りに過ごさせていただいたところ、楽々と安産させていただきました。産後の肥立ちも大変良かったということです。これが、素直に信じて、もたれて通るということなのです。

たすけてほしいなら、まず、親神様、教祖におすがりすることです。そしてその際には、しっかりと決心する。おたすけ人として導かせていただく側からすれば、しっかり決心していただき、自分の真実も添えて、真剣にお願いをさせていただくことが大切です。

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