(天理教の時間)
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第1406回2026年10月2日配信

9年目のランドセル

yamasaki
山﨑 石根

文:山﨑 石根

第1237回

新潟での出会い

新潟で布教生活の最中、駅前で関西弁を話す男性と出会った。同郷であることが分かり、さらに話を聴くと…。

新潟での出会い

滋賀県在住  池戸 剛

 

今から18年前、私は新潟市にある「布教の家」新潟寮で布教生活を送っていました。「布教の家」は、布教を志す者が一年間、仲間と共に寮生活をしながら布教に没頭する場です。現在も北海道から九州まで、全国に男子寮13カ所、女子寮3カ所が設置されています。

私は毎日、「さあ、今日はどんな人と出会えるんだろう」という気持ちで、意気揚々と一軒一軒お家を訪ねていました。インターホンを押し、「天理教の池戸と申します。神様のお話を聞いてください」と言うと、大概は「あー、天理教さん。うちは用事ないです」とお断りを受けます。簡単にお話を聞いて頂けることもなく、また、お話を聞かせてもらえることも、なかなか出来ませんでした。

それでも毎日コツコツ続けていると、だんだんとお話しや悩みを聞かせてくださる方との出会いが生まれ、それが勇みの種となりました。そして、出会った方を自分の家族に置き換えて考えるようになり、「何とかたすかって頂きたい」という気持ちが湧いていきました。

神様が出会わせてくださった方のたすかりを願い、それを励みにさらに布教に歩く。そんな毎日を過ごしていました。

布教生活も7カ月が過ぎた頃のこと。秋も深まり、新潟はだんだんと寒くなってきていました。ある日、私はもう一歩踏み出したい思いで、夕方に新潟駅のバスターミナルの前へ行き、道行く人に神様のお話を聞いて頂こうと、一人で路傍講演をすることにしました。

ところが、やると決めたものの、いざ大勢の人を前にすると、足がガクガクと震えてきました。

「もう、ここまできたら、やるしかない」と、思い切って柏手を四回打ち、「ご通行中の皆さん!」と、大きな声で話し始めました。

すると、周りの人の視線が一気に私の方へ向けられました。中でも、女子高生たちに「あした学校でみんなに見せよ~」と、携帯で動画を撮られたのには参りました。

恥ずかしい思いもありましたが、それから毎日のように続けて一ヶ月ほど経った頃、いつものようにお話しをしている最中、私のすぐ後ろのベンチに座っていた男性の話し声が耳に入ってきました。それは、新潟では滅多に聞かれない関西弁でした。

路傍講演を終えた私は、「失礼ですが今、関西弁でお話しされていませんでしたか?」と尋ねました。すると、「そうですよ~。私ね、関西の出身なんですわ。滋賀県って知ってはります?琵琶湖のある所ですわ」

「えーっ、僕も滋賀出身なんですよ」

「えーっ、そうなんですか」

そんなやり取りから、その男性、Nさんはこれまでの生活や現況を聞かせてくださいました。Nさんは大変苦労されてきたようで、二人で話し込んだあと、現在の住まいであるダンボールハウスへ案内してくださいました。

別れ際にNさんは、「そう言えば、実家の近くに天理教の教会があって、そこへ母が通っていました」と思い出したように言われました。そこで寮へ帰ってその教会を調べ、電話をしてみました。

すると、電話に出られた教会の奥さんが驚きの事実を教えてくださいました。Nさんは17歳で家を飛び出して以来、30年間行方知れずの男性だというのです。当然、家族の方も教会でも必死になって探したのですが、奥さん曰く「もう、あきらめていました」と。

それを聞いた瞬間、鳥肌が立ちました。私は新潟に来てから8カ月間、毎日布教に歩いていましたが、関西出身の方ともほとんど出会いませんでした。ところが不思議にも、滋賀からおよそ600キロも離れた、人口80万人の広い新潟市で、30年も行方知れずの方とめぐり合うことができたのです。

翌日、教会の奥さんとNさんは、私の携帯を通じてお話しをされました。奥さんがNさんに、「よかったら教会へおいで。狭いけど、ダンボールハウスよりはええから」と言うと、Nさんは、「さんざん心配をかけたこんな僕に… ありがとうございます」と涙を流しました。そのやりとりを隣で見ていた私も感激し、新潟駅で人目もはばからず号泣したのでした。

数日後、Nさんと共に、神様が私たち人間を創られた場所であるぢばへ帰ることができました。まさに感激のおぢばがえりであり、二人並んで「別席」という神様のお話を聴かせて頂きました。

翌日、教会の会長さんと奥さんが迎えに来られました。Nさんは別れ際、「池戸さん、本当にありがとうございました」と、涙ながらに力いっぱい握手をしてくださいました。

Nさんを見送りながら、私は今までに味わったことのない感激に胸を打たれ、涙があふれました。それは私にとって、人だすけの喜びを初めて味わった瞬間でした。神様が、Nさんという一人の人をたすけるために私を新潟まで導いてくださり、このような尊い御用にお使いくださったことに、改めてお礼を申し上げました。

Nさんの幸せを祈りつつ、これからも、「にこにこ」「いそいそ」と通らせて頂きたいと思います。

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