(ラジオ天理教の時間)
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第1149回2021年10月24日・25日放送

和香ちゃんと和加ちゃん

目黒和加子先生
目黒 和加子

文:目黒 和加子

第1138回

ごめんなさいね

仲のいいママ友からの、心からの「ごめんなさいね」。言葉に心を込めることの大切さを教えてもらった。

ごめんなさいね

 大阪府在住  芦田 京子

 

私には三人の子供がいる。今ではそれぞれ結婚して、孫たちが賑やかなことだ。子育ての最中には、いまでいう「ママ友」ができる。幼稚園の送り迎えで何となく親しくなるのだ。たくさんの友に恵まれ、教会の行事にも親子で参加してくれたりして、とても有り難かった。

その中の一人に、Nさんがいた。彼女はとにかくおしゃれで、いつもきれいにお化粧をし、センスのいい服装をしていた。田舎の幼稚園の園庭では、あまりお目にかかれないタイプだった。

ある日、何気ない話をしていたら、「引っ越してきたので、まだあまり知り合いがいないの。よかったら遊びに来て」と、住所を教えてくれた。すぐ近くだったので、子供同士も仲良くなった。お互い三人子供がいて、ほぼ同じ学年だったので、しゅっちゅう行き来をするようになった。

教会の行事が忙しかったといえば聞こえはいいが、とにかく私は忘れっぽくて、幼稚園の遠足の日もうっかり忘れてしまうぐらいだ。彼女はそんな私を気にかけてくれて、幼稚園で何か行事があるときは、前日に必ず電話をかけてきてくれた。

しばし雑談をしたあと、「明日の遠足、お天気良さそうで良かったわね」などと言う。私はびっくりして、「えー、明日遠足だったっけ?」と、そこで初めて思い出して、慌てて支度を始めるという具合だ。

彼女はとても器用で、ファッション関係の仕事をしていたので、教会の鼓笛隊のユニフォームも作ってくれた。三人の子供たちも教会行事によく参加してくれた。振り返ってみれば、しっかり者の彼女と、おっちょこちょいの私は、またとない組み合わせだったのかもしれない。

そんな長いお付き合いの中で、忘れられない思い出がある。
まだお互いの娘が幼稚園に行っていた頃のこと、ある日、彼女から電話がかかってきた。彼女の娘のS子ちゃんと、私の娘が二人で買い物に行ったらしく、おやつを持っているという。彼女はS子ちゃんにお金を持たせた覚えはなく、私の娘に「そのお金どうしたの?」と聞いたそうだ。ところが、いくら聞いても黙っていて、何も言わないのだという。

彼女は、そんな私の娘の態度に腹を立てていた。私は娘を家に連れて帰り、「そのお金、どうしたの」とあらためて聞いてみた。しばらく黙っていたが、「S子ちゃんがくれたの。一緒におやつ買いに行こうって。誰にも言わないでねって」

S子ちゃんは私の娘より一つ年上だった。私がすぐに電話で伝えると、彼女は「娘に確かめてみるわ」と言った。しばらくして電話があり、事実だということだった。

そして、
「ごめんなさいね。本当に悪かったわ。許してね」
と心を込めて言ってくれた。

しっかり者の彼女が何の言い訳もせず、ただ謝るのは、さぞかし勇気と覚悟がいっただろう。その言葉は、私の心に染みた。これまで生きてきた中で、あのときの「ごめんなさい」ほど、本当の「ごめん」はなかったと思う。

子供というものは、良くも悪くも、親が思ってもみないようなことをする。そんなとき、私も含めて、親たちは、お礼にしろお詫びにしろ、どのような心で、どのような言葉でその場に臨んでいるのだろうか。

子供に非があっても、人から指摘されると、何とか理由をつけて我が子の肩を持ちたくなるものだ。まして、相手に伝わる心からのお詫びの言葉など、そうそう言えるものではない。私にできるかしらと思うと、彼女は偉いなあと心から思った。

思うに、私たちの使う言葉の基本は、ほぼ同じだ。お礼を言いたいときには「ありがとう」と言い、悪かったと思えば「ごめんね」と言う。朝、顔を合わせたら「おはよう」と声をかけ、日中出会えば「こんにちは」、夜は「おやすみなさい」。頼みごとがあるときは「お願いします」と言ったりする。決まり文句なのだ。挨拶をしない人は論外だが、同じように挨拶をしていたとしても、長い間に、人によってその人生に差が出てくるような気がする。それはなぜなんだろう。

私はその理由は、言葉に心が込められているか、いないかだと思っている。たまに、「こんな言い方をするんなら、お礼なんて言って欲しくなかったな」と感じてしまう人がいたりする。ケンカを売られているのかと、勘違いしてしまうような謝罪もある。また、とても丁寧なのに、どこか表面的な印象を受けることもある。

やっぱり、気持ちが伴わない言葉は、なんだか虚しいのだ。当たり前の挨拶や、普段の何気ない言葉を、私たちはどんな風に声に出して相手に伝えているのか、一度見直してみるのもいいかもしれない。決まり文句のような日々の言葉の使い方、声のかけ方が、案外人生を左右しているのではないだろうか。

あのときの「ごめんなさいね」が、いまも私の耳から離れない。

 



家族のハーモニー「里子との深夜のひと時
  「人間いきいき通信」2020年5月号より

白熊 繁一

ある日の深夜、事務仕事の合間に台所へ行くと、妻の「ふーん、そうなんだ。でも、よく頑張ってるね」という声が聞こえてきた。話し相手は大学生の正夫で、アルバイトから帰って遅い夕食を取っていた。私の姿を見た正夫は、憤懣やるかたない様子で、「お父さんも、ちょっと聞いてよ!」と、まだ治まらない憤りを私に向けてきた。

正夫は高校一年生から、大学進学を目指して大手スーパーの鮮魚売り場でアルバイトを始めた。大学に入ってからも学費捻出のため、夕方から深夜にかけてアルバイトをしている。もう5年も続いていて、定期的な人事で代わる店長や、魚をさばく人などよりも古株になり、店の信頼も厚い。

正夫の話は、来店するお客さんについてだった。
アルバイトの正夫を相手に商品を値切ろうとし、一定の時間がたった商品に貼る値引きシールを貼ってくれと、無理難題を言ってくるというのだ。そんなとき、自分の立場ではできないと、はっきり伝えているが、今日の客は執拗に食い下がってきたという。正夫は、やるせない思いを家に持ち帰ってきていた。
「そんな無茶を言う人がいるのか」と私が言うと、「いろんな人がいるんだよ」とつぶやいた。

そんな暗い空気を振り払うかのように、妻が「でも、正夫のファンもいるんだよね」と朗らかに言った。すると「今日も夕方に来て、声をかけてくれたよ」と、返答が明るくなった。

妻が言うファンとは老齢のご婦人で、いつも正夫に「ご苦労さま」と声をかけてくれるらしい。「正夫はモテモテだなあ」と私が言うと、ようやく笑顔が戻った。

正夫は今年1月に成人式を迎えた。私たち夫婦が里親になり、初めて里子として迎えたのが3歳の正夫だった。里親と里子の出会いに不思議な縁を感じ、「おかえり」と言って迎え、幼いころは毎日「ムギュー」と抱きしめた。

あの日から、はや17年を数える。正夫は見上げるほどの背丈になった。私たち夫婦は、正夫の受託後に、さらに障害のある子供たちを受け入れる里親になり、正夫はいつの間にかスタッフとしての役割も担ってくれるようになった。

そうした体験も心を育てたのか、正夫は将来、障害児支援の仕事に就きたいと医療系大学で勉強している。深夜までアルバイトに精を出し、大学生活も楽しみたいと、大好きなダンスのサークルに入って活躍している。正夫の心と体には、はち切れそうな夢や希望が詰まっているように思う。

「僕は幸せだよ。こうして話を聞いてもらうだけでも、すっきりするから」と、食事をしながら正夫は言った。
そして、
「それに、自分が無茶を言う側ではないからね……」と続けた。

「正夫は一番大切なことに、ちゃんと気づいているんだなあ」と感心した。

社会で生きていくうえでは、理不尽さを感じたり、やるせない涙に暮れたりする日もある。そんなとき、誰かがそばにいて話に耳を傾けてくれたなら、たとえ事態は解決しなくても気持ちは和む。

学生の正夫が日々経験する、私が知り得ないさまざまな話に、胸が痛む気持ちにもなるが、深夜のこの会話を、とてもいとおしく感じた。そして妻が、いつも正夫に寄り添いながら話を聞いている日常をも、ありがたく思った。

間もなく大学での勉強に加えて、病院の実習も始まるという。そこには大勢の人たちとの出会いや、さまざまな体験が待ち受けているだろう。今夜のようなひと時があれば、明日もきっと頑張れるに違いない。

(終)

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