(ラジオ天理教の時間)
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第1132回2021年6月26日・27日放送

吉福家に春がきた

radio-yoshihuku
吉福 多恵子

文:吉福 多恵子

第1123回

頑張れ、私たち!

コロナ禍で新しい生活スタイルが求められている。次世代に引き継ぐべく、今こそ私たち大人が知恵をしぼるべきだ。

頑張れ、私たち!

大阪府在住  芦田 京子

 

久しぶりに長年住み慣れた家に帰った。息子が跡を継いでくれたので、私たち夫婦は別な仕事につき、今は離れた場所に住んでいる。普通は子供たちの方が帰省するのに、どういうわけか、老夫婦の私たちが、元いた場所にたまに帰るのだ。

孫たちが大歓迎してくれて一緒に寝ることがある。ある日、私が遅くなってから寝室に入ると、電気は消されていて、主人の寝息が聞こえてきた。孫たちも早々と寝たらしい。そうっと入っていくと、「ばあば、寝られない」と三歳の孫が小さな声で言った。

それから、「わーん」と泣き出した。お昼寝をたっぷりしたのだから無理もない。暗い部屋の中で、一人だけ起きているのが寂しかったのだろう。「だいじょうぶ、だいじょうぶ、ばあばも起きてるよ。無理に寝なくてもいいのよ。二人でずっと起きていようね」と言うと、にっこり笑って、安心したのか、そのうち眠りについた。

そういえば、私もなかなか眠れない子供だった。子供会などの行事に泊まりがけで行く時は本当に困った。眠りにつくのは、いつもいちばん最後だった。みんなの寝息を聞きながら、自分だけ人とは違うんだと悲しい気持ちになったことを思い出す。

だから、ある時、トーベ・ヤンソンというフィンランドの児童文学者が書いた「ムーミン谷の冬」という本を読みかけた時には、心臓が止まるほどの衝撃を受けた。

主人公のムーミントロールは、家族のみんなが冬眠している時に、一人だけ目が覚めて、それっきり眠れないのだ。私はムーミンの気持ちが自分と重なって、そのまま読み続けられなくなった。みんなと同じことが何故だかできない。それは「孤独」という言葉がぴったりくるような、世界から切り離された感覚である。

私は、眠れない孫を見た時、そうだ、もう一度、昔あきらめた「ムーミン谷の冬」という本にチャレンジしてみようと思った。ひとりぼっちのムーミントロールは、あれからどうしたのだろうか。何だか知りたくなった。

あらためて読んでみると、眠れなかったその先には意外な展開が待っていた。彼は初めて厳しい寒さと雪を知り、とまどいながら、冬に生きる不思議な生き物たちと出会い、たくさんの新しい発見をして、いつの間にか成長していた。

それは、いつものように冬眠していたら、得られるはずのないものだ。この本は、児童文学のジャンルに入るのだろうが、登場する冬の生き物たちが何とも個性的で、みんなそれなりに生きる重さを背負っていた。

いま、新型コロナウイルスの感染が広がり、私たちはこれまで経験したことのないような生活スタイルを求められている。ムーミントロールの初めての冬と同じだ。こんな世界は嫌だといっても、逃げ出すことはできないのだ。それならば、ここでむしろ積極的に生きる知恵を学んだほうがいい。

東日本大震災を経験した東北のある地域では、今回のコロナ禍による医療体制のひっ迫に対して、スムーズな対策がとられていると聞いた。それは、かつての災害の経験が生かされているからなのだ。

ある医師が、「災害は決してなくなることはないし、これからもいろんな形で起きてくるだろう。しかし、一つひとつしっかりと知恵を出し合って、経験を積み上げ、それを未来につなげていけば、私たちは、いや、日本はきっと災害に負けない強い国になる」と話していた。

その言葉からは、今の自分たちのことだけではなく、未来を見据えてより良い社会にしていくのだという強い決意が感じられた。それが責任ある大人の知恵というものだろう。

親が子に、子が孫にと引き継いでいく思いで、精一杯知恵をしぼって、自分たちの時代に遭遇したこのコロナ禍に立ち向かった証しを残したいと思う。

長い冬が終わり、ムーミン谷にもお日様が顔を出す日がやって来た。春は必ずやって来る。孤独に打ち勝ち、新たな出会いの中で、初めての冬を乗り越え、たくましく成長したムーミントロールのように、今こそ私たちも、腹を据えて困難に立ち向かいたい。頑張れ、私たち!

 



家族のハーモニー「〝親〟としての幸せ」
 「人間いきいき通信」2018年8月号より

白熊 繁一

 
街中が春色に染まりだしたころ、わが家にも、とびっきり嬉しい春が訪れた。正夫が大学生になったのだ。

私たち夫婦が里親認定を受けた直後、三歳の正夫を里子として受託した。肉眼では見えないつながりを感じて、夫婦で「おかえりなさい」と言って抱きしめた日から、はや十五年の歳月が過ぎた。正夫は中学生になると、背丈も成績もぐんぐん伸びた。目指す高校にも早々と推薦合格を決め、三年間、ダンス部で活躍した。

高校一年生のある日の深夜、私に相談があると言ってきた。それは、将来就きたい職業と進学の夢、そして、そのためにアルバイトをしたいという申し出だった。どれも反対する理由はなく、「みんなで協力するから精いっぱい頑張ってごらん」と伝えた。

正夫は、貯金の目標額を設定し、自分で使ってしまわないようにと、給料が振り込まれる銀行の通帳、印鑑、カードを私に託した。そして、私たちが心配になるくらい、勉強、部活、アルバイトに打ち込んだ。

大学受験を間近に控えた昨年秋、深夜に真剣な面持ちで、再び私の部屋にやって来た。そして、目指していた将来の職業と目標大学の変更を打ち明けた。正夫は、自分が里子として育ってきた経験と、わが家で共に暮らす障害のある里子たちの日常を見てきたことから、児童養護の世界へ進みたいと言った。それも、障害がある子供たちをケアする仕事に就きたいという。

深く考えてのことだろう。真剣な眼差しに、胸に迫るものがあった。この時期に進路変更が間に合うのか、それだけが心配だったが、正夫の思いを尊重して応援すると約束した。

そしてこの春、正夫は見事試験に合格し、大学生となった。入学式の日、記念写真を撮った。ファインダー越しに見るスーツ姿がまぶしく、広くなった肩幅に頼もしさを感じた。

正夫は受験と並行して、奨学金制度の申請手続きも自ら手がけた。正夫の許可を得たので、審査に提出した作文の一部を紹介したい。

「私が四歳の時、ぐずっている私を母は階段で落ち着かせようとしていたのですが、それでも私は暴れて、階段から落ちてしまいました。しかし、目を開けた時、私の下にいたのは母でした。母は身を挺して私を守ってくれたのです。時には厳しい母ですが、どんなことがあっても私を守ってくれる優しい母を尊敬し、憧れています。

父は、幼なじみの友人のようです。よく車で送り迎えをしてくれますが、その時の会話から、将来の夢や人間関係についてなど、多くのことを学びました。両親との何げない日常が今の私を形成し、当たり前の毎日に気づける幸せを教わりました」

何枚もの原稿用紙に、今日までの日々の景色が、さりげなくつづられていた。妻と共に読みながら、涙がとめどなく頬を伝った。

大学は郊外にあるので、自転車と電車とバスを乗り継いで通学し、アルバイトにも夜遅くまで奮闘している。先日、珍しく朝寝坊をして電車の時間に間に合わなくなった正夫が「お父さん、駅まで送って!」と叫んだ。その言葉を聞いた娘が、超高速で特大おにぎりを作り、カップに入れた味噌汁とともに「車の中で食べて」と、正夫に手渡した。

車中、正夫がおにぎりを頬張りながら、「僕は恵まれた大学生だなあ」とほほ笑んだ。私は車を走らせながら、心がじんわりと温かくなり、春の日差しに溶けていくような幸せを感じた。甘く香ばしいカフェラテのように……。

(終)

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