第1110回2020年1月23日・24日放送
道は小さいときから
幼い頃に根付いた信仰の種は、将来必ず実を結ぶ。そんなエピソードを二つ紹介する。
道は小さいときから
天理教では、入信から代を重ねて信仰している家庭が数多くあります。
親から子へ、子から孫へと信仰を伝えることは簡単ではありませんが、神様のお言葉に「もう道というは、小さい時から心写さにゃならん」(『おさしづ』M33・11・16)とあるように、幼い頃から子供に教えを伝え、その心に信仰の喜びを映すよう努めるのは、親はもとより大人としての大切なつとめであると教えられています。
幼い頃、共働きの両親に代わり、祖母のもとで育てられたというAさん。
信仰を持つ祖母から、この世界が神様のご守護に満ちあふれていること、人間の身体が神様からのかりものであることなど、教えについて、折にふれ聞かされていたと言います。
家族で初めて天理教本部の神殿へ参拝した時の感動を、Aさんは鮮明に覚えています。そして、大好きな祖母とのおぢばがえりは、それが最初で最後となったのでした。
祖母が亡くなり、成長するに連れて徐々に信仰から離れたAさんが、再び教えと向き合うようになったのは、奥さんの病気がきっかけでした。
奥さんをどう支えていけばいいか分からず、途方に暮れていた時、ふと「天理へ行こう」と思い立ったのです。
以来、夫婦で熱心な信仰を続けているAさん。幼い頃に祖母から蒔かれた信仰の種は、Aさんの心にしっかりと根付き、数十年の時を経て実を結んだのです。
小学4年生の時、母親に連れられて教会に参拝したBさん。
教会の庭にあった井戸が汚れていることに気づきました。
当時、自宅の井戸を掃除すると、母親が必ずお小遣いをくれていたこともあり、Bさんは進んで井戸の掃除を買って出ました。
掃除を終えたBさんが、教会の会長さんにお小遣いをねだったところ、会長さんは「ひのきしん」の教えについて話してくれたと言います。
「元気な身体を神様からお借りしていることに感謝して、そのお礼の気持ちを込めてさせていただくのが『ひのきしん』なんだよ」。
初めて聞く教えは、幼いBさんの心に深く刻み込まれました。
六十歳を過ぎてなお、日々ひのきしんを心掛けるBさん。その原点は、会長さんが、ひのきしんの精神を優しく諭してくれたことにあったのです。