(天理教の時間)
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第1311回2024年12月6日配信

彼女に足らなかったもの

山本達則先生 IMG_1557
山本 達則

文:山本 達則

第1254回

意識したものが増える

「意識したものが増える」という脳の仕組みがある。日々の暮らしに増やしたいと思うものに意識を向けると…。

來生への願いを込めて

 

天理教では、「人間の体は、この世と人間を創られた親なる神様からお借りしているものであり、死ぬときに神様へお返しする。しかし、魂は生き通しで、前生での心づかいに応じて新たな体をお借りして、再びこの世に生まれ変わってくる」と教えられる。看護師たちは、「患者さんに少しでも良い〝生〟を送っていただき、たとえ亡くなられたとしても、来生に良い運命が授かる種となりますように」との願いを込めて、お世話に当たっている。

天理教の熱心な信仰者であるご婦人が難病になられ、入退院を繰り返していた。笑顔の素敵なやさしい方で、同室の患者さんの悩み相談にも応じて、誰からも慕われていた。しかしある日、頭痛を伴う急激な病状の悪化で、意識不明となってしまわれた。

医師はご家族に、回復は望めず、厳しい状態だと伝えた。ご主人は、最愛の奥さんの、あまりに急激な容体の変化に驚き、嘆き悲しみ、枕元で奥さんの名前を呼び続けておられた。まだ中学生だった娘さんは、ただ茫然とするばかりで、その衝撃の重さゆえ心身への影響が懸念された。

そこで、娘さんにお母さんと共に過ごす時間を大切にしてもらおうと、「お母さんのケアを一緒にしましょう」と声をかけた。彼女は初めは戸惑いながらも、「旅行でお土産に買ってきたスカーフを持ってきて、着けてあげてもいい?」と、おしゃれの提案も申し出るようになり、少しずつではあるが、穏やかな雰囲気に変わっていった。

看護師は、教えに基づいて患者の心のケアに当たる事情部講師と共に、交代で病の平癒を願うおさづけを取り次ぎ、ご婦人の奇跡的な回復を懸命に祈った。しかし、願いは叶わず、およそ一週間後に息を引き取られた。ご家族の悲しみの深さを目の当たりにして、医師も看護師も、無念さと無力感に打ちのめされた。

それから、ひと月も経ったであろうか、当時の看護部長から呼び出しを受けた。

 

「あなたの病棟で亡くなられた患者さんのご主人が見えて、多額の寄付を置いていかれました。奥さんの急変に動転してしまい、どうしてよいか分からなかったときに、看護師たちが、意識があるときと同じように奥さんに声をかけて世話をしてくれているのを見て、『ああ、まだ妻は死んでいない。生きているんだ』と思えたそうです。そうすると、次第に気持ちが落ち着いてきて、奥さんが、

『ここの看護師さんには、本当にいつも良くしてもらっているの。お礼を渡そうとしても必ず断られるけど、いつかはお礼がしたいわ』

と話していたことを思い出され、その願いを叶えるために、私のところに来られたのです。

『必ず、あの病棟の看護師さんたちのために役立ててもらいたい』と言われましたが何が必要ですか?」

 

思わず涙が込み上げた。ご家族の危機的状況に寄り添うことができたスタッフの看護援助を誇りに思うとともに、大きな温かいものに包まれる思いであった。まだ、つらい状況にあるにもかかわらず、私たちの心を救ってくださったご主人に、心から感謝するとともに、「奥さんは、来生きっと元気な体を神様から貸していただけるに違いない」と思った。

その後その寄付金で、当時は高価で、七階の研究室にわざわざ出向いて借用していた機能満載のコンピューターを、ナースステーションに設置してもらった。それからは、自分たちの病棟でさまざまなデータ整理や研究発表用のスライド作成等が可能になり、大いに助けられたのだった。

 


 

意識したものが増える

奈良県在住・臨床心理士  宇田まゆみ

 

脳のしくみの一つに、「意識したものが増える」というのがあります。たとえば朝、テレビ番組で「今日のあなたのラッキーカラーは黄色です!黄色のものを意識しましょう」と聞き、意識して過ごしていると、不思議なことに、いつも通っている道の中で、普段は気が付かなかった黄色いものに、たくさん気づくことになります。看板の外枠が黄色だったり、ガードレールの下に黄色い線が引いてあったり、黄色い車に何台もすれ違ったり、黄色い服を着ている人を何人も見たり、実にたくさんの黄色に出会います。

かと言って、実際に黄色いものが増えたのかというと、そうとも言えません。看板やガードレールは昨日もあったはずで、もっと言えば何年も前からそこにあったのです。しかし、自分が意識を向けるまでは、看板に黄色の枠がついていることに気づかなかった、つまり自分にとっては存在していないも同然だったのです。それが、自分が意識を向けることによって、初めてそこに存在が認識されたと言えます。

そのように考えると、人は存在しているものの中にも、認識できていないものがたくさんあるということになります。人の意識とは、とても興味深いものです。そして重要なのは、何に意識を向けるかということです。

カウンセリングの現場にいると、自分や家族、周囲の人のマイナス面ばかりに意識が向いている方に出会うことが少なくありません。自分や家族の良い面を見ずに、良くない面や出来ていない面ばかりを意識して、自分自身を否定したり、心配や不安を膨らませたりして、相談に来られる方が多いのです。

しかし、よくよくお話を聴いてみると、本人や家族の良い面が隠れていることが往々にしてあります。多くの場合、本人はそのことに気がついていないので、実は良い面が存在しているのではないかということを、本人の語った言葉を借りてお伝えするようにしています。

先日も、中学生の子どもが言うことを聞かず、問題ばかり起こすというAさんが相談に来られました。手に負えないお子さんのことを嘆き、子育てがうまくできない自分を責め、こんな親で情けないと元気なく話されました。

Aさんのお話は終始、お子さんの問題行動と、それを止められない不甲斐ない自分というものに意識が向いていました。

しかし、最近問題になったことを困った顔で話す流れの中で、お子さんは仲間同士の結束が強く、仲間がされたことを自分のことのように怒ったり、悲しんだりするというお話しがありました。

私は、Aさんの子育ての労を労いつつ、先ほどのAさんの言葉をお借りして尋ねました。

「先ほど、お子さんは仲間同士の結束が強く、自分がされたことでなくても、自分のことのように怒ったり悲しんだりする、とおっしゃいましたね?お子さんはとても仲間思いということでしょうか?」

すると、「そうなんです!何よりも友達とか仲間を大事にしますね」とAさん。「ということは、友達からも慕われているんじゃないですか?」とさらに尋ねると、「そうです!友達は結構多くて、同級生だけじゃなくて、年上からも年下からも慕われています」と、Aさんはお子さんの良い面を話しながら、表情がだんだん生き生きしてこられたのでした。

実際には問題もあるけれど、友達思いで、学年を超えて周囲から慕われているという事実がある。それは人として、とても素晴らしいことです。決して、Aさんの子育てが上手くいかなかったわけではないと話し合いました。

Aさんは涙ぐみながら、「これでいいんですね。よかったんですね」と、笑顔を見せてくれました。その後のAさんは、お子さんに対して、問題に意識を向けて見るのではなく、良い面や出来ていることに意識を向け始めました。すると、自然と褒める機会が多くなり、問題行動も減っていったのです。さらに、Aさんは自分自身に向けても、良い面やできている面を見ることができるようになり、「自分にも子どもにも、優しくできるようになりました」と話し、少し自信が芽生えてきたようでした。

同じ景色を見ていても、どこに意識を向けるかで見える世界が変わります。人の意識の力はすごいものです。しかし、自分は常に何を意識しているだろう?と考えた時に、明確にこれを意識している!と言える人は、あまり多くないのではないでしょうか。

知らず知らずのうちに何かに意識が向かい、また別のものに意識が移ろう。そして気が付けば、いつも同じようなことを考えたり、気にしているということはないでしょうか。人の心は移ろいやすく、周囲の人や出来事の影響を受けやすいものです。自分にとって大切だと思うもの、増やしたいと思うものに意識の焦点を定めることも必要ではないでしょうか。

私は信仰のある親から、毎日を嬉しく、楽しく生きることを教えてもらってきました。日々色んなことがありますが、何を見ても、何を聞いても、その中に嬉しい、楽しい要素がないかと意識を向けること。

それによって、毎日の暮らしに嬉しい、楽しい要素を確かに増やすことができます。皆さんは、日々の暮らしにどんな要素を増やしたいですか?

(終)

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