(天理教の時間)
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第1278回2024年4月19日配信

東京スカイツリーから、こんにちは ~母と子の絆は永遠です~

吉永先生
吉永 道子

文:吉永 道子

第1226回

おじいちゃんの親心

おじいちゃんが信仰を通じて教えてくれたこと。手紙で人と心を結ぶこと、真剣におさづけを取り次ぐこと…。

胸の奥にこの花あるかぎり

「A君の涙」

 

天理よろづ相談所病院「憩の家」では「人に尽くすことを自らの喜びとする天理教の精神」に基づいて医療が行われている。私は長年、この病院で看護の現場に立ち続けてきた。そんな「憩の家」らしい看護は? と聞かれて、必ず思い出すのがA君のことだ。

A君は、まだ若い男性患者。原因不明のアレルギー反応が全身を襲い、皮膚や爪が炎症ですべてはがれ落ちるという悲惨な状況だった。未知の病に対して、院内・外の現代医療の知恵を総動員し、常に最善の方法を模索しながら治療が開始された。まずは感染を防止し、皮膚の再生を促す手当てが重要となった。はがれた皮膚や浸出液を洗い流し、清潔なガーゼに軟膏をたっぷり塗ったものを全身に貼付し、テープと包帯で固定。それを毎日交換するのである。

交換時の苦痛を最小限にするために、痛み止めを使用し、寝たままで入れる特殊浴室で、シャワーを柔らかくかけ、「痛くない?」と尋ねながらゆっくりゆっくりはがしていく。安全に素早く洗浄するには、医師や看護師ら四、五人の手が必要であった。

その間、病室では、包帯交換の準備が職種を問わず手分けして行われる。ガーゼに軟膏をのばす者数人。別の者はテープをカットして、あらかじめ医療用ワゴンの周りに貼りつけておく。洗浄が終わると、A君がバスタオルに包まれてストレッチャーで帰ってくる。〝痛み止めが効いているうちに済ませてあげたい〟との思いで、皆が懸命に動いた。

こうした治療の一方で、天理教の教えに基づいて患者の心のケアに当たる「事情部講師」と看護師は、交代で一日六回、四時間ごとに、病の平癒を願う「おさづけ」を取り次ぎ、A君の回復を祈った。

困ったことに、特殊浴室も毎日は使用できない。そこで一計を案じて、リハビリ用の浴槽「ハーバードタンク」をお風呂の代わりに使用する許可を得た。

ある日、往診に来られた他科の医師が病棟を出ようとすると、看護助手がリハビリ室へ通じる廊下を這いつくばって拭いている。医師が訳を尋ねると「せっかくタンクを借りることができたのに、お水が落ちていてリハビリに行く人が転んだりしたら貸してもらえなくなります。そうなったらA君がかわいそうだから」と彼女は答えた。

その言葉に医師は感動し、「ライセンスのない助手さんでも、そこまで考えて行動している。自分も何か力になりたい。お風呂の時間になったら連絡してください」と、以後協力してくださるようになった。まるで病棟全体が一つの家族のようになり、時には冗談も飛び交う毎日の「お風呂」となった。

A君は紆余曲折を経て、奇跡的に家で過ごせるまでに回復した。退院のお祝いに、ご家族がバーベキュー大会を催され、医師、看護師、看護助手、事情部講師ら、治療に関わったみんなが参加させていただいた。

その席でのこと。A君は、「いま、泣きたいくらい嬉しいんやけど、涙が出ないからこれをさしておきます」と、自分の血清から作った目薬をさして見せた。全身が炎症に侵され涙が出なくなっていたのである。アレルギー体質なので市販の目薬は使えなかった。

私は事情部講師に「A君の涙のご守護を頂くには、どうすればよいのですか?」と尋ねた。すると講師は「涙は水の守護。水は高い所から低い所に流れます。A君のたすかりを願う皆さんが、心を低くするよう心がけたら、ご守護いただけるのではないでしょうか」と答えられた。

ビールを頂いて気分が高揚していた私は、立ち上がって思わず叫んだ。「いまの話を聞きましたか。みんなで低い心になってA君の涙のご守護を頂こう! エイエイオー!」。すると即座に「エイエイオー!」と、みんなの声が返ってきた。

喜びに満ちた、たくさんの笑顔が焚き火に照らされて輝いている。患者さんを思うスタッフの心が一つに集まった、忘れられない光景である。

 


 

おじいちゃんの親心

滋賀県在住  池戸 剛

 

今、私の目の前には200通を超える手紙がズラリと並んでいます。この手紙は、すべておじいちゃんが私に送ってくれたものです。

手紙は、私が天理高校に入学し、寮生活を始めた16歳の時から、天理に住んでいた時も、新潟へ布教に行っていた時も毎月送ってくれて、実家の教会で一緒に住み始めた32歳まで続きました。その数は16年間で200通を超えていて、その全てが手元に残っています。

いま改めて読んでみると、こんなことが書かれています。

「いつも明るく振る舞ってくれて有り難く思っています。つよしに授かった明るい笑顔と明るい声、人をよろこばせる人徳です。今の御用を大切につとめてください」

「悲しかったこと、辛かったことも、後になって、『あれもこれもご守護だった』と思わせて頂くこともある。私は経験している。元気で人様を大切につとめてください」

何度読み返してみても、心に染みます。褒めたり、励ましたりしながら、どんな時も親心いっぱいに見守ってくれていたんだなと感じるのです。この宝物のような手紙は、これからも折々に私を励ましてくれることでしょう。

そんなおじいちゃんとの思い出の中で、忘れられないエピソードがあります。それは私が27歳の時、激しいめまいに襲われた時のことです。

はじめは疲れが溜まっているのかなと、様子を見ていたのですが、しっかり休んでも改善されません。むしろ悪くなる一方で、地面を歩いていてもスポンジの上をふわふわ浮いているような感覚で、怖くて歩けません。病院で脳のMRI検査をしても異常は見つからず、ついには立っていることさえもままならなくなり、10日あまり床に臥せっていたのです。

そんな孫の様子を聞きつけ、心配になったおじいちゃんが駆けつけてくれました。天理教の教服姿でやってきたおじいちゃんは、いつもと違うピリッとした雰囲気で、「おさづけを取り次がせてもらおう」と低い声で言い、こちらにも緊張が走りました。

勢いのある大きな声で、病気の平癒を願うおさづけの取り次ぎが始まりました。ところが、次第に声がかすれ、すすり泣く様子が目をつぶっている私にも伝わってきました。

声にならない声で祈り、頭から順にさすってくれるのですが、私の頭や顔には、おじいちゃんの涙がポタポタと降ってきました。

おじいちゃんの手には力が入っていて、私の身体がぐらんぐらん揺れます。まっすぐ座っていられず、自分の身をすべて委ねるような感覚になりました。

「こんなに心配をかけているのか。本当に申し訳ない。これからのことは神様にお任せしよう」。おさづけの取り次ぎが終わる頃、私の心にはそんな思いが浮かんできました。

当時私は、天理教の教会に住み込み始めて間もない頃でした。来る日も来る日も同じことをする単調な日々。「いつまでこんなことをやっているんだろうか」。社会や同世代の若者から置いてきぼりにされているような焦りもあって、喜べていませんでした。

そんな私を不憫に思った神様が、身体にお手入れをくださったのでしょう。それでも心の切り替えができませんでしたが、おじいちゃんのおさづけの取り次ぎによって、ようやく気づかせてもらえたのです。

その夜は久しぶりにぐっすり眠ることができ、朝を迎えました。気分も良く、身体も何だか軽く感じました。起き上がってもフラフラせず、歩くこともできました。まだ半信半疑でしたが、その日を境にめまいはどこかへいってしまいました。

天理教では、この身体は神様からのかりものであると教えて頂いています。かりものの身体は、自分の思い通りに使えるのではなく、私たちの心使いを神様が受け取られて、その心にふさわしい姿を現してくださると教えられています。

私はおじいちゃんの心のこもったおさづけによって、そのことを教えて頂きました。おじいちゃんが亡くなって間もなく10年になろうとしていますが、今もしばらく会っていないだけで、元気にしているような気もします。

さて、私はおじいちゃんに返信を出していたおかげで、手紙を書くことを覚えました。五年前から、教会につながる70人ほどの方に、誕生日祝いの手紙を書いています。また、教会から遠く離れた地域で頑張っている若者にも手紙を書きます。

普段会えない人や、面と向かって言うのにはちょっと恥ずかしいことも手紙なら伝えることができます。おじいちゃんが私たち孫に、手紙を通して親心を掛けてくれたように、私も手紙で皆さんと心を結んでいきたいと思います。おじいちゃん、ありがとう。

(終)

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