第1221回2023年3月11日・12日放送
ゴミに感謝を
初めてのおぢばがえりで体調を崩した佐藤さん。さぞ残念かと思いきや、とても貴重な体験だったという。
ゴミに感謝を
青森県在住 井筒 悟
私は毎月、青森から奈良県天理市まで、人類のふるさと「ぢば」に参拝をするために向かいます。一か月間無事に過ごすことができた感謝の心と、たすけてほしいと願う方々の気持ちも一緒に運んでいます。時には、一緒に参拝したいという方をお誘いします。
先日、ご婦人のMさんをお連れしました。Mさんの息子さんはがんや心筋梗塞など、何度も大きな病気を経験しました。そのたびにMさんは、息子をたすけて欲しいと教会へお願いに来られます。
教会でつとめるおつとめには、生かされている日々への報恩感謝の気持ちでつとめる「お礼のおつとめ」と、病気や困った出来事で悩む方々の治まりを願う「お願いづとめ」があります。
お願いづとめは、突然頼まれることが多いので、日々の心の準備が欠かせません。人様のことを祈るには、自分の心を反省するところから始まります。自分自身を顧みて、積んでしまった心の「ほこり」を払います。すると、不思議に病んでいる方の苦しさが身に迫ってきます。
Mさんの息子さんは、お願いするたびにご守護を頂き、たすかっていきました。他にも、このお願いづとめによって平癒された方がたくさんおられます。大病された方が今も元気で過ごしている姿を目の当たりにし、祈りにはものすごい力があると兼ねがね感じています。
そして、Mさんに限らず、たすけていただいたお礼にと、神様のお鎮まりくださる「ぢば」に参拝される方も多くおられるのです。
私の叔父の清孝(きよたか)さんは、人を誘っておぢばがえりをすることを、長年にわたり信仰実践としています。叔父が、以前勤めていた信用金庫の上司だった佐藤さんや先輩、同僚を誘い、五人でおぢばがえりをした時のことです。気心知れた仲間と過ごす楽しい旅のはずが、天理に到着した途端、佐藤さんが急に熱を出し、激しい腹痛を訴えたのです。同行した人たちは、佐藤さんの看病に追われました。
宿泊先の信者詰所の方々も、様々に世話どりをしてくださいました。叔父も何度も神殿に足を運び、神様にお願いをしました。しかし、その甲斐空しく、佐藤さんの症状はますます悪化し、天理よろづ相談所病院「憩の家」へ搬送されました。
叔父は辛かったと思います。人類のふるさと「ぢば」へ意気揚々と仲間をお連れしたのに、その中のリーダーが体調を崩し、同行した皆さんが看病に追われているのです。何のためにここまで来たのか? 初めてのおぢばがえりを喜んでもらえなかったと、自責の念に苛まれたことでしょう。
病院に運ばれた佐藤さんは、一日の入院で状態が落ち着き、何とか青森に戻ることができました。旅行好きな佐藤さんからすれば、初めて奈良まで来たのにおいしいものも食べられず、観光地も散策できず、さぞ残念な気持ちだったろうと思います。
ところが、佐藤さんの感想はまったく違いました。とても感動したおぢばがえりだったと言うのです。体調を崩したからこそ、気づけたことがあったと。自分が苦しんでいた時の、信者詰所の方々の優しさや、治療に当たった「憩の家」病院のスタッフの温かさ。初めて訪ねた土地で体調を崩し、病院にまで運ばれれば普通は不安になりますが、病室で横になっている間も、母親に抱かれているような、何ともいえない安心感に包まれていたと言います。
このおぢばがえりの後、佐藤さんが叔父に会社設立を提案しました。佐藤さん曰く、「おぢばで体験した、母親の温かさに包まれているような雰囲気の会社を作れないだろうか。そして、事業を通じて、清孝さんのよく言う『徳を積む』ということが実践できるような会社にしたい。私が資金を出すから、清孝さんには是非社長をやってもらいたい」
佐藤さんの提案に、一緒におぢばがえりをしていた他の三人も賛同して株主となり、トントン拍子でリサイクル業の会社が立ち上がりました。
きっかけは、佐藤さんが「憩の家」病院の廊下で目にした「護身に感謝」という言葉でした。まもるという意味の守護の「護」に、からだを表わす「身」と書いて「護身」。捨てられてしまったゴミも、元々は自分の身を守ってくれたもの。そのゴミに感謝を捧げようという意味です。
新会社の看板には、「ゴミに感謝」と大きく掲げられました。初めは、奈良市から払い下げてもらったトラック一台で始めた小さな会社でした。それが、社員やお客さんに喜んでもらう、それだけを考えて経営してきた結果、今では地元青森になくてはならない企業へと成長しています。小さな町に、たくさんの雇用も生まれました。
町のあちこちで、この会社の緑色のトラックとすれ違うたびに、「護身に感謝」というフレーズが思い浮かびます。
もし、おぢばで佐藤さんが体調を崩していなかったら、憩の家病院に運ばれていなかったら、この町に緑色のトラックが走ることはありませんでした。
佐藤さんはその後、何度もおぢばに足を運びました。一見辛く、苦しい出来事にも、神様は計り知れない親心をおかけくださっています。成ってくることの不思議さと、お導きの深さに、ただただ胸を打たれるばかりです。
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