(天理教の時間)
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第1280回2024年5月3日配信

そこにある幸せ

山本達則先生 IMG_1557
山本 達則

文:山本 達則

第1170回

神様から頂いている「奇跡」

息子が新型コロナに感染、その妻は二か月後に出産を控えていた。もし彼女も陽性なら、未熟児で取り出される可能性も。

神様から頂いている「奇跡」

                    青森県在住  井筒 悟

 

 

年が明け、成人式で賑わいが戻った最中、息子が会社を早退して帰ってきました。従業員の一人が新型コロナに感染したため、自宅待機になったということでした。

数日が経ち、保健所の指示で息子もPCR検査を受けました。結果は陽性とのこと。軽い風邪だと思っていた私たちに衝撃が走りました。

息子の妻は、三月に初めての子どもが生まれる予定です。もし彼女が陽性であれば、緊急の帝王切開になるとのことで、そうなれば、予定日より二か月早く、未熟児で取り出されることになります。

自然に生みたい一心の彼女は、去年、青森から奈良県天理市の天理教教会本部まで参拝に行き、「をびや許し」という安産の守りを頂いていました。

人間の力ではどうすることもできないこのような状況の時、私たちは「おつとめ」をし、神様に必死に祈ります。自分自身の心のほこりを払うことを神様にお誓いし、病気の平癒をお願いするのです。その後、彼女も検査を受けましたが、感染はしていませんでした。

 

この頃、天理教の教会である我が家では、春の大祭が近づいていました。息子が自宅療養している時に、信者の皆さんに来て頂くわけには行かず、参拝を自粛してもらうよう連絡しました。まさに断腸の思いです。

月に一度の祭典を楽しみにしている方もたくさんおられます。また一月は、普段の月にも増して特別な春の祭典なのです。教会創立以来120数年間、一度も欠かさずつとめてきました。皆さんにご参拝頂けないことに、自責の念が迫ってきます。

 

私はこれまでの人生の中で、「おつとめ」で不思議な力をたくさん頂きました。東日本大震災では、津波に流されてもおかしくない所を、不思議な巡り合わせによってたすけて頂きました。また、一時は統合失調症の診断を受けた娘も、減薬に成功し、今では元気に働いています。父も大きなガンの手術を二度しましたが、その度に不思議なご守護を頂きました。すべておつとめのおかげです。

最近も不思議なことがありました。昨年の春に末期の肝臓がんで余命を告知された一人暮らしのおじいちゃんが、その後も元気に暮らし、本人が心配していた身辺整理もご自身の意思で行うことができました。そして昨年暮れ、「我が人生に悔いなし、すべて信仰のおかげです」と感謝の思いを私たちに伝え、92歳で静かに旅立ちました。

 

神様は、おつとめの中で、「みづとかみとはおなじこと こゝろのよごれをあらひきる」(水と神とは同じ事、心の汚れを洗い切る)と教えられます。また、朝夕のおつとめでは、「あしきをはらうてたすけたまへ てんりわうのみこと」と、21回繰り返し祈ります。「あしきをはらう」、つまり心の汚れを洗うことで、体内の水までもがきれいになり、澄んでいくのかもしれません。

体内の水をきれいにするには、人と争わないこと、腹を立てないことなど、普段の心のあり方も重要になります。これは、病んでいる方の「お願いづとめ」をする際に、心の汚れを泥水に例えて必ず本人にお伝えしています。

 

教会では、朝暗いうちからおつとめをします。私はその際、願い事をするのではなく、「今日も素晴らしい一日を迎えさせて頂きありがとうございます」と、神様に感謝の気持ちを申し上げています。神様が力を貸してくださっているのですから、今日という日が素晴らしい一日になることは間違いありません。

これまでも、おつとめをつとめることによって、災害、病気、経済的なことなど、一つ間違えば命がなくなるところを、いかなる難も皆逃れることができました。

 

これを書いている今、海底火山の噴火による津波注意報が全国に発令されました。家族が新型コロナに感染したり、震災を思い出すような地殻変動が起こったりと、様々に不安な出来事を目の当たりにしますが、その度におとつめをつとめることによって、不思議な安心感に包まれます。

それだけに、年の初めの大祭を信者の皆さんと共につとめられなかったことは、とても残念でならず、涙をこらえながらの、家族だけの祭典となりました。

 

当たり前のように迎える今日という一日が、いかに有り難いことであるか。何も起こらない平凡な日々が、実は奇跡の連続なのではないか。新型コロナ感染対策で、さまざまに行動を自粛しながら学ばせてもらった一年の始まりでした。


 

 

 

親と子の関係

 

 親と子の関係をめぐる様々な問題が社会の基盤を揺るがしている昨今ですが、天理教教祖・中山みき様「おやさま」をめぐる逸話には、この問題を考える上で大切なお話がいくつも残されています。

 明治十年夏、当時九歳の矢追楢蔵(やおい・ならぞう)さんは、川遊びをしているときに、男性器を蛭にかまれてしまいました。二、三日経つと大きくはれてきて、場所が場所だけに両親も心配して、医者にかかり加持祈祷もするなど、色々と手を尽くしましたが、一向に回復の兆しが見えません。

 その頃、近所に教祖の教えを知る者があり、元来信心家であった楢蔵さんの祖母のことさんが、勧められて信仰を始めました。ところが、父親の惣五郎(そうごろう)さんは、信心する者を笑っていたくらいで、まったく相手にしようとしません。ことさんと母親のなかさんが三日ごとに交替で、楢蔵さんを連れてお屋敷へお参りしたのですが、なかなかご守護を頂くことができませんでした。

そんなある日、ことさんは信心の先輩に、「『男の子は、父親付きで』と、お聞かせ下さる。一度、惣五郎さんが連れて詣りなされ」と諭されます。家へ戻ったことさんは、さっそく惣五郎さんにこのことを話し、「ぜひお詣りしておくれ」と頼みます。そこでようやく惣五郎さんは、楢蔵さんを連れて初めておぢばへ帰りました。するとどうでしょう、三日目の朝には、楢蔵さんはすっきりご守護を頂いたのです。

教祖は、楢蔵さんの怪我を通して、父親の惣五郎さんに心の入れ替えを促し、信仰を通して、父親と息子が、さらには家族一同が深く絆を結ぶようにとお諭しくだされたのです。

 

 また、こんなお話もあります。当時十五歳の桝井伊三郎さんは、母親が危篤の容態(ようだい)となり、夜明けに6キロの道のりを歩いて、教祖のもとへおたすけを願い出ました。

 「母親の身上(みじょう)の患いを、どうかお救け下さいませ」

 すると、教祖は、

 「伊三郎さん、せっかくやけれども、身上救からんで」

と仰います。他ならぬ教祖の仰せですから、伊三郎さんは「さようでございますか」と、そのままうちへ戻りました。けれど、苦しんでいる母親の姿を目の当たりにすると、心が変わってきます。

 そこで、再び教祖のもとへお願いに行きますと、

 「伊三郎さん、気の毒やけれども、救からん」

と。

 教祖の仰せだからやむを得ないと、その時は得心するのですが、うちへ戻ると、待っているのは苦しむ母親。どうにもジッとしていられません。伊三郎さんは、三たび6キロの道のりを歩いて教祖のもとを訪ねました。

 「ならん中でございましょうが、何んとか、お救け頂きとうございます」

 すると、教祖は、

 「救からんものを、なんでもと言うて、子供が、親のために運ぶ心、これ真実やがな。真実なら神が受け取る」

と仰せになりました。

 その後、母親の病気はすっきりと救けていただき、八十八歳の長寿を全うした、と伝えられています。

 「親のために」という、子供の一途な思い。それは、実に美しく尊いものです。神様は、伊三郎さんの母親を思う真実の心を、見定められたのです。

 

親子の関係の出発点となるのは、神様の私たち人間に対する深い親心です。この二つの逸話も、親と子の関係について思案するようにという神様のメッセージとして、よく味わい、素直に受け取ることが、親子の良い関係を築くきっかけになると思うのです。(終)

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