(ラジオ天理教の時間)
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第1123回2021年4月24日・25日放送

頑張れ、私たち!

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芦田 京子

文:芦田 京子

第1117回

天理の教えとスポーツ

「天理」と聞いて、スポーツを思い浮かべる人も多いのでは。そこには、神様の教えとの深い関連がある。

天理の教えとスポーツ

奈良県在住  金山 元春

 

昨今、アマチュア・学生スポーツ界では「勝つことがすべて」という勝利至上主義から生まれる「体罰」や「パワーハラスメント」などの問題が指摘され、あらためてスポーツのあり方が問われています。

これは子育てにも関係することです。わが家もそうですが、お子さんがスポーツに取り組んでいるご家庭は多いと思います。競技成績を上げることも重要ですが、スポーツを通じてどのような人に育ってほしいのか、人としてのあり方について考えることは、それ以上に大切ではないでしょうか。この点で、天理の教えは大きな拠り所になると思います。

「天理」と聞くと、スポーツを思い浮かべる人も多いと思います。天理高校や天理大学は、柔道、ラグビー、野球、ホッケーなどの競技が全国的に有名で、これまでにたくさんのトップアスリートを輩出してきました。

たとえば、オリンピック・柔道男子において三大会連続で金メダルを獲得した野村忠宏選手は、天理中学、天理高校、天理大学の卒業生です。また、2016年のリオデジャネイロオリンピック・柔道男子において金メダルを獲得した大野将平選手も、天理大学柔道部の出身です。

大野選手といえば、リオの選手村でごみを拾う姿が話題になりました。
当時の監督が「大野は練習後、選手村で一人黙々とごみを拾っていた。試合直前のピリピリしたときに、なかなかできることじゃない。世界最高の柔道家になる準備ができている」とコメントし、新聞などで報道されたため、広く知られることになったのです。

大野選手によると、リオの代表に決まり、当時の天理大学の理事長と食事をした際に、「君は目に見える世界ではナンバーワンであり、金メダルに一番近い男だと言われている。しかし、世の中には目に見えない世界があり、思わぬ病気やけがで力を発揮できなかった選手が山ほどいる。一つ、目に見えない世界にも心を向けて、一日一善、ごみ拾いでいいから、徳積みのひのきしんをしてはどうか」と提案されたそうです。

天理教では、神様と人間の関係は親子であると教えられます。親なる神という意味から、天理教信仰者は親しみを込めて「親神様」とお呼びしています。私たち人間は親神様から身体をお借りし、日々常におまもりいただいています。

「ひのきしん」とは、そのご恩に報いる感謝の心からの行為であり、日常生活の中で絶えず心掛けていくものです。人が見ていようといまいと積み重ねる真実の行いを、親神様がお受け取りくださることで、運命が明るく開けていくのです。これを「徳積み」といいます。

私はここで「金メダルが取れたのは、ごみ拾いをしたからだ」と言いたいわけではありません。スポーツに限らず、さまざまな分野の「一流」と言われる人たちには、そうした慎みと感謝の心が共通しているように思えるのです。

スポーツとひのきしんについては、次のような話を聞いたこともあります。天理教では、毎年夏になると、人類のふるさとである「ぢば」のある奈良県天理市に、世界中から大勢の子供たちを迎えて「こどもおぢばがえり」というイベントを開催します。「そういえば、夏休みになるとよく天理へ行っていたなあ」と懐かしく思い出した方もいるのではないでしょうか。

プールやアスレチック、ミュージカルやステージショーなど、子供たちが楽しめるように工夫を施した各種行事はたくさんのスタッフによって運営され、天理大学や天理高校の学生たちも、ひのきしんとして力を尽くしてくれています。

ある年のことです。子供と一緒に参加していた保護者が、天理高校の野球部員が会場係をしていることに気付きました。ちょうど夏の甲子園への出場を決めたばかりで、報道で部員の顔を覚えていた保護者が、「全国大会を間近に控えたこんな大事な時にひのきしんですか?」と思わず声をかけたというのです。
すると、その部員は「こんな大事な時だからひのきしんなんです」と笑顔で答えたといいます。

私はこの話を知って、「天理スポーツ」の精神が、こうして高校生の年代からしっかりと根付いていることに感銘を受けました。

天理の教えとスポーツといえば、今年、全国大学ラグビー選手権で初優勝を果たした天理大学ラグビー部の話もあります。同部は、高校時代から名前が知られている選手が多く集まる大学とは異なり、無名の選手も多く、他の大学の選手と比べると体格もひと回り小さいことから、「雑草軍団」と呼ばれることもあります。身体の小さな選手が懸命に走り回りながら、全国の強豪大学と渡り合う姿には大きな感動を覚えます。

そんな天理大学ラグビー部のモットーは「一手一つ」。選手一人ひとりは体格も違えば、考え方や好み、得意なことや苦手なことなども違います。一手一つとは、そんな何もかも違う人間同士が、目標に向かってたすけ合いながら、それぞれの立場で力を尽くすことを指す言葉です。

親神様は、人間が仲良くたすけ合いながら幸せに暮らす「陽気ぐらし」世界を望んで、人間とこの世界を創られました。天理教を信仰する私は、スポーツとは「人間の身体は親神様からのかりものである」という教えに基づき、かりものである身体を通じて生かされている喜びを表す行いであると理解しています。特にチームスポーツは、一手一つにたすけ合う姿を親神様にご覧いただき、お喜びいただくものであると捉えています。

天理大学ラグビー部のプレーを見ていると、そうした天理の教えを体現してくれているようで嬉しくなります。ちなみに、同部は早朝からの天理市内のごみ拾いを続けているそうです。

子供のスポーツの応援に行くと、つい「勝った負けた」で一喜一憂し、わが子に厳しい言葉をぶつけてしまいそうになる時があります。

しかし、健康な身体をお借りして思う存分プレーできることの有り難さを思えば、気持ちが穏やかになり、優しい言葉をかけることができます。そうした親の姿勢が、子供の中に慎みと感謝の心を育むと信じています。

 


 

自分らしく、誠実に働く

 

職場の同僚の活躍を素直に喜べないというAさん。その同僚は上辺を取り繕うのがうまく、人によって態度をコロコロ変える、いわゆる世渡り上手なのだとか。Aさんの不満をよそに、社内での評価は高く、どんどん出世していきます。

Aさんは同期で入社したその同僚に、元々強いライバル意識を持っていました。裏表のある彼の本性を知っているだけに、Aさんはひたすら誠実に仕事をしている自分と大きな差がついていくことに、納得がいかないようです。

しかし、同僚のそのような性格を変えるというのは、現実的に難しいでしょう。かと言って、今のAさんの喜べない心理状態では、仕事に良くない影響を及ぼすことも予想されます。

こんな時は、いっそ素直に「彼は自分より、ずっとコミュニケーションのスキルが高い」と、同僚の良い部分を認めてしまえば気が楽ではないでしょうか。それを認めずに、いつまでもひがんでいるばかりでは、余計に自分を追い込んでしまうことになります。

力士がインタビューで、「一日一番、自分の相撲を取りきるだけです」と答えるのをよく耳にしますが、それと同じように、AさんにはAさんなりの誠実な仕事の仕方があるのではないでしょうか。
その上で、「出世だけが人生ではない。役職は社会の中での役割分担にすぎない」と考えることもできます。実際には、給与や待遇の面で差が出てくるかもしれませんが、そこには、その地位や報酬の分だけ、別の大変さも伴うことでしょう。

天理教教祖・中山みき様「おやさま」は、「はたはたの者を楽にするから、はたらくと言うのや」(教祖殿逸話篇197 「働く手は」)と、私たちの働く意味について、自分本位ではなく、あくまで世のため人のために尽くすことが大切であると教えてくださいました。

また、「蔭でよく働き、人を褒めるは正直」(教祖殿逸話篇111「朝、起こされるのと」)とも教えられます。人が見ていようが見ていまいが、評価されようがされまいが、変わらず精一杯働くこと。そして、人の欠点を見つけるのではなく、人の良いところを見つけて褒めることが大切であるとお示しくださいます。

自分らしく、誠実に働く。いまのAさんには、この言葉がピッタリ来るのではないでしょうか。

(終)

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