(天理教の時間)
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第1291回2024年7月19日配信

「生き方が分からない」と嘆く少年

家族円満 中臺眞治
中臺 眞治

文:中臺 眞治

第1105回

病の中に神様の親心を求めて

4才の時、疫痢にかかり、病院に隔離された。回復は難しいと言われる中、両親の心痛はどれほどであったろう…。

病の中に神様の親心を求めて

三重県在住  中森 昌昭

今年の夏は35度を超える暑さの日が続きました。こうした厳しい暑さになると思い出すことがあります。それは私が4才頃の体験です。

8月21日、この日は月に一度の教会の祭典日、月次祭の日でした。祭典が終わり、みんなでスイカを食べた後、教会の境内で遊んでいると、急に寒気がしてきました。
母に「寒くなってきた。冬みたいになってきた」と体調の異変を訴えると、すぐ布団に寝かされました。
体温を測ると40度近い高熱。神様にお祈りしてもらい、水枕で頭を冷やしてやすんだのですが、翌朝になっても体温は下がらず、ぐったりした状態で近くの小児科の病院に運ばれました。

診察の結果は「疫痢」。大人がかかった場合「赤痢」と言われますが、幼児の場合は疫痢と言うそうで、下痢や嘔吐を催し、ひきつけを起こすこともあり、死亡率も高い病気でした。いわゆる感染症の一つで、当時は法定伝染病に指定されていたので、患者は隔離されるとともに、住まいなどの消毒も求められたようです。

昨今、新型コロナウイルスの感染者に対するさまざまな風評被害によって、家族をはじめ、関係する周囲の人が肩身の狭い思いをしていることが報道されています。小さかった私には何も知らされませんでしたが、両親はどれほど大変だったことかと想像します。

そんな中、両親は、回復は難しいと言われながらも、神様におすがりし、日夜必死にお願いをしてくれました。おかげで徐々に回復し、無事退院することができたのです。
医師からは、「病院の裏から出てもらうことになるのではと心配しましたが、回復されて良かったですね」と声を掛けられたとのことで、本当にぎりぎりの所でたすかったのでした。
あれから60年、今日まで元気に過ごしているのも、両親の信仰のおかげだと感謝しています。

私はこの幼い頃の体験から、「暑い時に寒く感じることほど怖いことはない」ということを身に沁みて実感しました。
つまり、猛暑であれ「暑い時に暑いと感じることがどれほど有り難いか」ということです。神様は、いかなる時も私たちの身体が正常に働くようにご守護をくださる。そのことへの感謝の気持ちを忘れてはならないと思うのです。

もうずいぶん前のことになりますが、冬のある寒い日、30代の女性が教会の朝づとめに参拝に来る道中、雪で凍結した道路で転倒し、膝、腰、尾てい骨を骨折してしまいました。全治三か月と診断され治療に専念したのですが、一向に良くならず、半年ほど経過し、ようやく退院となりました。

それでも完治したわけではなく、立つことさえままならない状態でしたが、医師から「骨はつながっているので、あとはリハビリ次第です。しっかり歩く練習をしてください」と言われ、自宅に戻りました。

退院してしばらく経ったある日、懸命にリハビリに励む中、二本の杖をついて教会まで歩いて参拝に来られました。普通歩いて10分ほどの距離を、一時間もかけて教会へたどり着いたのです。
ところが、神殿で参拝を終え、右手をついて立ち上がろうとした時、手首を捻挫してしまいました。

捻挫なのでそのうち治るだろうと放っておいたところ、二週間経っても良くならず、再び病院に行くと「骨の様子がどうも変ですね」とのこと。詳しく検査をすると、「副甲状腺機能亢進症」という病気であることが判明しました。

副甲状腺は、米粒ぐらいの大きさの臓器で、カルシウムを調節するホルモンを分泌していますが、そのホルモンが過剰に分泌されると、さまざまな症状を引き起こします。骨からカルシウムを奪い、骨がもろくなって骨折しやすくなったり、腎臓の機能が低下し、尿路結石を起こしたり、場合によっては意識を失い、命の危険に及ぶこともあるのです。

医師によれば、
「何年も前から徐々に進行してきたものですね。骨折をしても、整形外科で治療を済ませてそのまま放置されるケースもよくあるんです。見つかって良かったですね」とのことで、すぐに副甲状腺の摘出手術が行われました。

手術の後、しばらく経ってお見舞いにうかがうと、「ちょっと待ってください。お手洗いに行って来ますから」と言って、ベッドからスーッと降りて歩いてトイレへ行かれました。手術前は、一歩踏み出すのも大変な状態だったので、本当に驚きました。

教会への道中で転倒して骨折、リハビリ中にも教会で手首を捻挫。教会で悪いことばかりが起こり、私も教会長として、どのように思案したら良いのか戸惑いました。しかしよく考えてみれば、骨折も捻挫も、大きな病気を見つけるための手引きだったんですね。

神様のお言葉に、

 どのよふなさハりついてもあんぢなよ
 月日の心ゑらいをもわく(「おふでさき」 十一 3)

 どのよふな事がありてもしんちつの
 心したいにこわい事なし(「おふでさき」一四 49

とあります。
いつどんなことが表れてくるかは分からないけれども、真実の心で通る限り、何も怖いことはない、心配はいらないと仰せられています。

目の前に表れてくる姿に振り回され、物事を否定的に受け止めるのではなく、どんなことも、より良い方向へ連れて通ってやりたいと、親なる神様が手を引いてくださっているものと思案し、前向きな心で歩みたいものです。

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