(天理教の時間)
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第1284回2024年5月31日配信

トゥクトゥクに揺られて

野口信也先生
野口 信也

文:野口 信也

第1076回

節から芽を

感染症の拡大で混乱する世界。神様の思いはどこにあるのか、お言葉からその神意をたずねる。

節から芽を

三重県在住  中森 昌昭

神様のお言葉に、
「もうあかんかいなあ/\というは、ふしという。精神定めて、しっかり踏ん張りてくれ。踏ん張りて働くは天の理である」
(おさしづ   明治37・8・23)
とあります。

もうだめだ、これでおしまいだと思うような厳しい出来事は、節であると仰せくださいます。 天理教教祖・中山みき様「おやさま」は、どんな苦難の道中も、「ふしから芽が出る」と仰せられ、先を楽しみにいそいそとお通りくださいました。どんな辛い中も、心を倒さず踏ん張って通るならば、新たな喜びの芽をお見せいただけると教えられています。

ある天理教の教会に、「大節より大芽」と記された書が掲げられています。大きな節からは大きな芽が出るとの意味ですが、どんな厳しい節であっても、屈することなく神様一筋に通り切られた先人の気概が伝わってくる書だと、大いに感じ入りました。

私たちは、今まさに大きな節に直面しています。中国で発生した新型コロナウイルスは、あれよあれよという間に世界中に広がりました。各国政府は国境を越えての人や物資の往来を厳しく制限し、厳重な対応を図りました。
しかしウイルスには国境など関係なく、日に日に感染者数は増え、3月11日にはWHOがパンデミック、「世界的な大流行」であると宣言するに至りました。 このウイルスにより亡くなられた方、そしてそのご家族の皆様に、心より哀悼の意を表するとともに、闘病中の方々の一日も早いご回復をお祈り致します。また、感染の拡大により、経済や教育、文化など様々な面で深刻な影響が出ており、日常生活にも多大な混乱が生じています。こうした混乱が治まり、普段の穏やかな暮らしが戻ることを切に願います。

神様のお言葉に、
「月日がありてこの世界あり」
(おさしづ  明治20・1・13)とあります。
月日とは、この世界と人間を創られた元の神様のことです。神様の「火、水、風」の絶妙なバランスのご守護により、私たちの住む地球環境は保たれ、同時にお互いの身体も健康に保たれています。 世界中の人々は、等しくこうした神様の恩恵にあずかり、暮らしているわけですが、このたびは人間の健康を害する新種のウイルスが蔓延したことにより、これまで当たり前のようにできていたことができない事態に発展してしまいました。

私たちがこの世界において普段行っている様々な活動は、月日、すなわち天然自然の神様の大いなる恵みに守られてこそ、させていただけるということを改めて痛感します。

こうした感染症は、人類史上において、これまでも天然痘やペスト、結核、マラリア、コレラなど、様々な病原体が世界的流行を引き起こしています。 教祖が、神様の思召しを私たち人間にお伝えくださった江戸末期から明治の時代にかけても、天然痘やコレラが流行しました。コレラは普通の疫病とは違う高い死亡率から、「三日コロリ」と呼ばれるほど恐れられ、日本各地に患者を隔離する病院が置かれました。しかし、当時は医療体制も不十分だったため、「そこに入ると生きては帰れない」といった風評も流れたほどでした。 明治12年には死者が10万人を超えました。ちょうどその頃、教祖が書き残された「おふでさき」という書物には、
  せかいにハこれらとゆうているけれど
  月日さんねんしらす事なり (14号22)
と記されています。

こうした感染の大流行という姿は、神様の残念な思いを知らせたいからとの仰せです。神様が人間を創られたのは、人間が陽気ぐらしをする姿を見たいとの思召しからですが、なかなかその姿に近づいていかない現状に対してのもどかしい思いが表れているのです。
といって、何も苦しませたいとか辛い思いをさせたいというのではなく、むしろこうした厳しい姿を経験させてでも、私たちを陽気ぐらしへ導いてやりたいとの親心からお見せくだされているのです。従って、いたずらに恐れたり不安がったりせずに、このたびの出来事を通して、何とかより良い方向へ導いてやりたいとの神様の思いを、しっかり受け止めることが大切です。
そして、たとえ治まりの姿を見せていただいたとしても、単に一過性のものと流してしまうのではなく、私たち一人ひとりが、神様のお望みくださる陽気ぐらし世界の実現を念じて、自覚を新たにつとめなければならないと思うのです。

現在の社会は、神様の望まれる姿に少しでも近づいているでしょうか。テレビでは、世界各地で起きている紛争から家庭での事件に至るまで、目を覆いたくなるような悲惨な出来事が連日報道されています。また、地球温暖化による異常気象は年々顕著に現れてきています。

こうしたことを思う時、今の世の中はむしろ理想の陽気ぐらしの姿とは逆行しているとさえ感じるのは、私だけではないでしょう。 まずは私たち自身が、神様に残念な思いをさせていることはないだろうかと、これまでの来し方を振り返り、神様にご安心いただけるよう、心の成人を遂げるための一歩を踏み出さなければならないと思います。

そして、
「やれふしや/\、楽しみやと、大き心を持ってくれ」
(おさしづ   明治27・3・5)
と教えられるように、お互いに不足に思ったり諦めたりせずに、大きい心で明るく前向きな思案を重ね、今だからこそ出来ることを模索し、この節から大きな芽生えのご守護をお見せいただけるよう努めたいものです。

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