(天理教の時間)
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第1275回2024年3月29日配信

年末に続いた子供の風邪

岡先生(掲載)
岡 定紀

文:岡 定紀

第1078回

チームで子供を育てる

生徒指導の本来の目的である「自己指導能力」の育成について、三つの要点に沿って話していく。

チームで子供を育てる

奈良県在住  金山 元春

私は大学で教師を目指す学生に授業をしています。教えているのは「生徒指導」です。日本の教師の仕事は学習指導だけではありません。生徒指導も重要な仕事です。しかも、それは学校の中だけではありません。地域で生徒が何か問題を起こせば、教師は飛んでいきます。極端に言えば、教師は生徒に関する事であれば何でも引き受けてきたのです。

しかし、そうした状況は変わりつつあります。今では教師が何もかも抱え込むのではなく、心理支援の専門家であるスクールカウンセラーや、福祉の専門家であるスクールソーシャルワーカーなどとチームで子供を育てる、「チーム学校」と呼ばれる取り組みが始まっています。そして、このチームには保護者も加わることが期待されています。

そこで今回は、保護者がそうしたチームで活躍できるようにとの願いを込めて、生徒指導の本来の目的についてお話ししたいと思います。
生徒指導というと、「問題を起こした生徒に強面の教師が説教する」というイメージが強いかもしれませんが、それは生徒指導のごく一部です。生徒指導の本来の目的は、生徒の「自己指導能力」を育成することにあります。
自己指導能力とは、そのときその場でどのような行動が正しいか、自分で判断して実行する力を意味します。その際、選択する行動が正しいかどうかを判断する基準は、「自分も他者も大切に出来ているか」にあります。

文部科学省の指針では、この自己指導能力を育成するための要点として、次の三つが提言されています。 一つ目は「子供に自己存在感を与えること」、二つ目は「共感的な人間関係を育成すること」、三つ目は「自己決定の場を与えること」です。順に説明していきましょう。

まず、自己存在感とは、「私は大切にされている」「私の居場所はここにある」という感覚です。この感覚の源は乳幼児期にあります。赤ちゃんが泣いた時には、「あら~、お腹が空いたのかな?」と優しい声を掛け、授乳してあげたり、「お尻が濡れちゃったのかしら」とおむつを替えてあげたりしますね。そして、赤ちゃんがうれしそうな顔をすれば、「は~い、気持ちよくなったねえ」と一緒にニコニコするでしょう。

また、よちよち歩きが出来るようになれば「わ~、すごいねえ」と拍手をしながら褒めてあげます。こうした関わりのなかで、子供は「自分は大切な存在なんだ」という感覚を育んでいきます。
子供に肯定的な関心を寄せ、一緒に喜んだり楽しんだり、褒めたりすることが子供の自己存在感につながるという説明は、相手がすでに学齢期にある子供であっても納得できるものでしょう。

一方、自分の欠点や弱さを強く訴える子供の中には、大人が良いところを見つけて伝えても、「そんなことはない」と受け入れず、「そんな風に前向きに考えられない私はやっぱりダメなんだ」と、かえって自己否定を強める子がいます。

子育てでは「ポジティブ」「前向き」「プラス思考」などの価値が強調されがちですが、自分の欠点や弱いところまで全てひっくるめて認めることができる、「こんな私でも大切な存在なんだ」と感じることができる、そうした意味での自己存在感を必要とする子供がいることを知っておきましょう。
何かができるからすごい、これがあるから価値があるという条件付きの承認ではなく、「〇〇ちゃんのことが大好き」「〇〇ちゃんのことが大切」と無条件の愛情を伝えてあげてください。

続いて、共感的な人間関係とは、人と人とがお互いを大切にし、お互いの理解に努めた結果として生まれる人間関係のことです。そうした関係の中にいる子供は、「自分も他者も大切にする」ということを判断基準にして、自分の行動を決定できる人間に育ちます。
そのような子供同士の人間関係を育成することは、教師の重要な役割です。一方で保護者として出来ることもあります。それは、やはり子供に自己存在感を与えることです。「自分は大切にされている」という感覚を持つ子供は、他者を同じように大切にします。一人ひとりの子供がお互いを大切にする態度を持って集まれば、学校は共感的な人間関係に包まれた場となります。
そうした関係の中で、一人ひとりの子供はまた自己存在感を強くするという好循環が生まれます。家庭における保護者と子供との関係性は、学校における子供同士の人間関係の基盤となっているのです。保護者の皆さんはそのことを十分に理解しておきましょう。

最後は、自己決定についてです。大人があれこれ指図をして筋書きを準備し、子供がその通りに演じていくだけでは、自己指導能力は育まれません。子供が様々なことに主体的に取り組めるよう、自己決定の場を与えることが大切です。

しかし、大人にとってこれは簡単なことではありません。それは、必ずしもすべての子供が適切な行動を選択できるわけではないからです。 成長が早い子供もいれば、ゆっくりの子供もいます。今は、子供を信じて任せていい場面か、それとも保護者として動くべきところなのか…。 保護者も完璧な大人ではありませんから、そのさじ加減に迷う時もあります。だからこそ、「チームでの子育て」が必要なのです。教育の専門家である教師、心理支援の専門家であるスクールカウンセラー、福祉の専門家であるスクールソーシャルワーカーなどと相談しながら、ゆとりをもって進めていきましょう。

子供の自己決定を尊重するには、大人側のゆとりが欠かせません。しかし、最近では大人の側がどんどんゆとりを失っているように思えます。大人同士がお互いに支え合い、もっとゆとりを持って子供に関わることができれば、子供は健全な成長を遂げていくことでしょう。

 


 
後輩への指導

先輩として、複数の後輩社員の教育係をしているAさん。そのうちの一人が無断欠勤をするようになってしまいました。
仕事の覚えが良くないその後輩には、時折厳しく指導することもあったようで、Aさんは「自分が追い詰めてしまったのでは」と思い悩んでいます。ほかの後輩にも必要に応じて同じように厳しく接し、成果を上げてきたという自負があったのですが、そのやり方が間違っていたのではないかと思い始めています。

教育担当として指導する立場にある人は、当然後輩よりも経験や知識がずっと豊かですから、足りないところを指摘しようと思えばいくらでもできます。一方の後輩は、言われた通りにしようと努力しつつも、その原因に気づかないままに同じ失敗を繰り返してしまうこともあるでしょう。

このケースの問題点は、「指摘する側」と「ミスをしてしまう側」という関係が固定されていることです。そうした二者の関係ではなく、先輩と後輩が一緒になって、そのミスを客観的に検証する視点に立つ、いわゆる「三角形の関係」を作ることができれば、後輩の視野も広がり、自分で問題点に気づくようになるかもしれません。そうすれば、厳しい先輩と遠慮がちな後輩という緊張も解け、和やかな関係が築けるのではないでしょうか。

天理教教祖・中山みき様「おやさま」は、
「先を短こう思うたら、急がんならん。けれども、先を永く思えば、急ぐ事要らん」
(教祖伝逸話篇133「先を永く」)
と仰せられました。

思えば教祖は、どんな人がたすけを求めてきても、常に根気よく、時間をかけて導かれました。仕事で成果を出すには急を要する場面もあるでしょうが、トータルで考えれば、一人の人間が立派に成長するためには長い時間が必要です。教祖の「ひながた」に思いを致し、誰に対しても根気よく丁寧に接し、導いていきたいものです。

(終)

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