災救隊 炊き出し 陸前高田市リポートから(4月6日記)

この記事は2011年4月に掲載されたものです。
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“一杯の温もり”届けて

災救隊 避難所4カ所で炊き出し

3月26日から30日にかけて実施された災害救援ひのきしん隊による岩手県陸前高田市での炊き出し。道友社記者のルポ(天理時報4月10日号掲載)の中から一部抜粋してその様子を紹介する。

 

災救隊本部では、関係機関の協力のもと、岩手県内の活動拠点を、内陸部に位置する磐井分教会から、一関市内の「千厩町みなみ交流センター」へ移動。より迅速に沿岸部へ出動できるようになった。

3月26日午後1時、富山教区隊(成田道生隊長)は千厩宿営地を出発。地域の道路網が寸断されたままの状況のなか、山道を迂回して陸前高田市を目指した。

市街地が壊滅的な被害を受けた同市では、市役所や市消防本部が損壊したため、防災無線も使えない状態が続いている。

午後3時、一行は高台にある避難所の一つ、総合スポーツ施設「サン・ビレッジ高田」へ。施設関係者によると、「指定避難所ではなかったが、市街地にある避難所の多くが津波に襲われたこともあり、自然と住民たちが集まった。日が経つにつれ、損壊を免れた自宅へ戻る人も増えたが、生活は困窮しているようだ」という。

当日の気温は2度。折からの雪が降り続くなか、隊員たちは、施設の玄関脇に張ったテント内で手際よく300食分の豚汁を作る。

避難住民たちが列を成すなか、前日に知らせを受けていた自宅生活者たちも、鍋などの容器を持参して列に加わった。

翌27日は、市内の特別養護老人ホーム「高寿園」へ。避難生活を送る施設で、被災者へ“一杯の温もり”を届けた。

成田隊長は「被災者の皆さんと接する中で、大変な困難に直面する中にも、決して明るさや希望は失われていないと感じた。元気を与えるつもりが、逆に私たちのほうが励まされた。今後も被災地のニーズに即した形で、息長く、何度でも出動させていただきい」と語った。

なお、富山教区隊は3月30日までに4カ所の避難所で炊き出しを継続。その後の炊き出し作業は千葉教区隊が引き継ぎ、3月31日から4月4日にかけて実動した。

(4月6日記、天理時報4月10日号から一部抜粋)

 

一度に200食分を調理できる大鍋で豚汁を作る(3月26日、サン・ビレッジ高田で)

 

 

(3月27日、特別養護老人ホーム「高寿園」で)

 

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