(天理教の時間)
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第1280回2024年5月3日配信

そこにある幸せ

山本達則先生 IMG_1557
山本 達則

文:山本 達則

第1262回

ありがとうのチカラ

お産の現場で緊急事態が起きると、勤務時間外でも駆けつけることがしばしばある。時にはプライベートに影響が…。

神の用向き

 

病気になれば、誰でも辛い思いをしますが、天理教教祖・中山みき様「おやさま」直筆による「おふでさき」に、病についてのこのようなお歌があります。

  いかなるのやまいとゆうてないけれど
  みにさわりつく神のよふむき(四 25)

  よふむきもなにの事やら一寸しれん
  神のをもわくやま/\の事(四 26

  なにもかも神のをもハくなにゝても
  みなといたなら心いさむで(四 27

 

「日々の暮らしの中で、身体の調子が悪くて悩むこともあるだろうが、それは病ではなく、神の用向きである。神がこの世界を陽気ぐらしに建て替えるために働いて欲しいと、身体にしるしを見せ、自覚を促しているのだ。それは容易には理解できないことかも知れないが、神は山のように積もる思いを知らせたいゆえに、しるしを見せるのだ。そのたすけたい一心の神の思惑を、何もかも説いて聞かせたなら、皆の心も勇み立ってくるであろう」

身を病んでしまった時は、誰しもエネルギーが減っています。「神様に叱られた」「きっと罰が当たったんだ」などと、捨て鉢な気持ちに陥ることもあるかも知れません。しかし、身を病むと同時に心まで病んでしまっては、生きる力は湧いてこないでしょう。

そんな時、このお歌を通して伝わってくる神様のあたたかい親心が身にしみます。「用があるから、そのことを知らせているのだ」と呼びかけてくださる神様のお声を頼りに、明るく前を向いて通りたいものです。

 


 

ありがとうのチカラ

助産師  目黒 和加子

数年前のある夜、天理教を信仰している友人の里香さんから慌てた声で電話がありました。

「今朝、双子を妊娠中の長男のお嫁さんが破水してん。予定日まで二カ月もあるのに。かかりつけの産院に行ったら、すぐに新生児集中治療室のある病院に救急車で搬送することになって。けど、先生が近所の大学病院に電話したら、『保育器一台なら空きがあるけど、二台は無理です』って断られたんよ」

「早産で産まれる赤ちゃんには温度と湿度をコントロールできる保育器が必要やねん」

「急いで他の病院を探してたら、最初に電話した大学病院から『保育器を二台用意できたので、受け入れ可能になりました』と連絡が来て運ばれたんやけど。心配で…」

「破水すると子宮内感染が進んで、胎児にも感染が及ぶねん。予定日より二カ月も早いとなおさら感染に弱いし」

「神様におすがりするしかないよね…」

里香さんの声が震えています。

その電話から数時間後の真夜中、緊急帝王切開で出産となったそうです。1649グラムの男の子、1700グラムの女の子が産まれました。二人とも保育器の中で治療を受けていると連絡がありました。

後日、里香さんに産科医療職者としての思いを聞いてもらいました。

「一般の人にはあまり知られてないけど、実は、胎児を包む卵膜が破れて破水してから感染が始まるんとちゃうで。すでに子宮内感染が起きてて、卵膜が弱ったから破水したんよ。表には現れてないけど、感染がじわじわと進んで炎症が起き始めていると言えばいいかな。潜在的感染って言うねん。感染が表に出ると母体が発熱したり、胎児心拍が頻脈になったり、炎症のレベルを示す血中CRP値が上昇してくる。そうなると子宮内環境の悪化が一気に進んで、胎児に大きな負担がかかる。破水の後から自然に陣痛が来ることもあるけど、感染の進みが早ければ陣痛を待ってられへん。真夜中に緊急帝王切開に踏み切ったのは、CRP値が上昇してきたからやと思うよ。朝を待たずに帝王切開を決断した産科のドクターに感謝やで」

「えっ、そういうことやったん。夜中にせんでもいいのにって思ってたわ」

「それと、夜中に早産で産まれる双子の帝王切開をするために、どれだけのスタッフが集められたと思う? 少なく見積もっても産科医二名、麻酔科医一名、手術室ナース複数名、新生児科の医師とナース複数名、ざっとこれだけは要る。休みの日に恋人とデート中だったスタッフや、勤務が終わって家でお風呂に入ってたところを呼び出されたスタッフもいたと思うで」

「夜中に帝王切開するのって、大変なんや」

「さらに、一台しかないと言われた保育器が、なんで二台確保できたのか。これは想像やけど、誰かが里香さんのお孫ちゃんのために譲ってくれたからやで。新生児科の医師が、比較的状態が落ち着いている赤ちゃんの親に連絡して事情を説明し、了解をもらった上で保育器の空きを作ったんやと思うよ」

「保育器を二台用意できたっていうのはそういうことなんや。ラッキーぐらいにしか思ってなかった…。和加ちゃんに言われるまで、たくさんの方々から誠真実を頂いていたことに全然気づかんかった。自分の孫の心配ばかりで…。病院のスタッフさんや保育器を譲ってくれた方に感謝してもしきれない」

あれもこれもありがたいと、涙声で繰り返す里香さん。その感謝の声を聞いて思い出したことがあります。

23年前のあの日、私は日勤のリーダーでした。陣痛室には初産婦の小林さんがいました。夜勤助産師の片桐さんへ申し送りをし、ナースステーションを出ようとしたその時、陣痛室からのナースコールです。

「誰か、すぐに来て!」片桐さんの叫ぶような声。駆けつけると、小林さんがお腹を抱えて狂ったように痛がっているではありませんか。

「サイナソイダルパターンや! すぐに院長呼んで!」と胎児心拍モニターを指差す片桐さん。胎児心拍が波のように揺れるサイナソイダルパターンは、胎児が急激に貧血に陥っている証拠です。子宮の壁から胎盤が剥がれる「常位胎盤早期剥離」を起こしたのです。

こうなると、一秒でも早く帝王切開をしないと胎児はたすかりません。日勤者、夜勤者総出で、超緊急帝王切開の準備に掛かりました。

手術直前の胎児心拍はゼロ。ものすごい速さで手術は進み、赤ちゃんは産まれたのですが、産声をあげません。直ちに蘇生処置を開始。大学病院の新生児集中治療室に搬送すべく、院長と私が救急車に同乗。車中でも蘇生法を続け、到着直前に心拍が再開。自発呼吸も始まり、赤ちゃんの産声が車内に響きました。

「赤ちゃんたすかった!」涙ぐむ院長と私。新生児科の医師に申し送りをして大学病院を出たのは19時過ぎでした。

「和加子さん、用事なかったんか?」帰りのタクシーの中で院長に聞かれ、思い出したのです。今夜はデートだったことを…。私はデートをすっぽかしたのです。翌日、彼からこう言われました。

「実は昨日、プロポーズをするつもりでダイヤモンドの指輪を用意してたんや。命の最前線にいる和加ちゃんを尊敬はするけど、人生を共にはできない。一晩中考えての結論です。今後のお付き合いもできません」

つかみかけた幸せが、手のひらからこぼれ落ちたのです。

数日後、搬送した赤ちゃんが元気になって戻ってきました。小林さんのご主人がナースステーションに来られ、「新生児科の先生から『救急車の中で適切な蘇生法を続けたからたすかったんだよ』と聞きました。助産師さん、心からお礼申し上げます。ありがとうございます」と、涙まじりの感謝の言葉を頂きました。

「ありがとう」の言葉は強力で即効性があります。振られた悲しみは、どこかに吹っ飛びました。

医療の仕事に対し、「昼夜を問わず、最善を尽くして患者をたすけるのが仕事ですよね。大変な仕事だけど、その分お給料はいいんでしょう」と言う人もいます。逆に「仕事とはいえ、こんなにして頂いてありがたい。きっと、見えていないところでも尽くして下さったんですね」と言って下さる人もいます。

過酷な現場で働く医療職者は、自己犠牲を払って仕事をしています。厳しい仕事をする私たちを支えているのは、患者さんやご家族からの「ありがとう」の言葉であると知って頂けたら、嬉しく思います。

(終)

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