(ラジオ天理教の時間)
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第1216回2023年2月4日・5日

食べ物を通して感じること

岡先生(掲載)
岡 定紀

文:岡 定紀

第1203回

環境の変化と家族

産後、重度のうつ病で入院してきた25歳の患者さん。意識はあるのに何の意志も表さない「昏迷」状態に陥っていた。

環境の変化と家族

助産師  目黒 和加子

 

リスナーの皆さんは「昏迷」という言葉を聞いたことがありますか?

似た言葉に「昏睡」があります。昏睡とは、意識がないことです。「昏迷」とは、意識があるのに外からの刺激に反応せず、何の意志も表さない状態を言います。話せるのに話さない。動けるのに動かない。耳は聞こえていますが、目は閉じたまま。表情はなく、その姿は意識のあるマネキン人形のようです。

看護学生時代、精神科病棟の実習で受け持ったのは25才の女性Aさん。生後四か月の我が子を包丁で刺して殺害。自分のお腹を刺して自殺を図ったものの死にきれず、救急搬送されてきました。緊急手術後、傷は完治しましたが、重度のうつ病による昏迷に陥り、精神科病棟に移ってきたのです。

Aさんは大阪生まれの大阪育ち。ご主人とは旅行先で知り合い、遠距離恋愛が始まりました。出会って数カ月後に妊娠。お腹が目立つ前にあわてて結婚式を挙げ、千葉県の新居に引っ越しました。

ご主人は週の前半は出張で不在、家にいるのは週末だけ。Aさんは関東に親戚も友人もいない上に、妊娠中なので仕事にも就かず、一日のほとんどを家で一人で過ごしていました。

里帰り出産のため妊娠八か月で大阪の実家に帰り、女の子を出産。一か月検診を終えたら千葉に戻る予定でした。しかし、一か月が過ぎ、二か月、三か月経っても戻る気配がありません。ご主人から「早く戻ってきて」と何度電話を受けても、「そのうちに…」とはっきりしない返事を繰り返すばかり。元来明るい性格のAさんからは笑顔が消え、口数が減り部屋にこもるようになりました。

そして四か月が過ぎたある日、ついに母親から「だらだらと実家にいたら世間体が悪い。私が一緒に付いていくからとにかく戻りなさい」と、理由を尋ねられることもなく、強く叱責されたのです。痛ましい事件が起きたのは、その日の夜でした。

さて、入院後、昏迷の状態にあるAさんは、ベッドに横たわったまま、動く意志がないので寝返りも打たず、あちこちに床ずれができています。排泄はオムツで処理し、口を動かさないので栄養と水分は点滴で摂取。髪はドライシャンプーで洗い、身体をホットタオルで拭いて清潔さを保つようにしました。

Aさんは母乳で子育てをしていたので、放っておくと乳房が張ってきます。「母乳が貯まると乳腺炎になるので搾りますね」と声をかけ、搾乳していると、Aさんの目が開いて私を見ていることに気づきました。目からは涙が流れています。

「痛いですか。すみません」慌てて手を止めると、「寂しかった。大阪に帰りたかった。わかってください」と言葉を発したのです。私は言葉が出たことに驚きつつ、心の中で「大阪に帰りたかったって?いい大人が何言うてんの。同じ日本やし、そんなに遠ないし。我が子を殺した人の気持ちなんて分かるわけないやん」とつぶやきました。

ところが、それから12年経って、Aさんの気持ちが痛いほど分かる経験を、私自身がしたのです。

私は今から20年前に栃木県出身の主人と大阪で出会い、結婚しました。半年後、主人の転勤で神奈川県に移ったのですが、彼は毎週月曜から木曜までは出張で不在。私には親戚も友人も近くにおらず、心細い毎日を過ごしていたある日のことです。

近所の八百屋さんでナスを買おうとしたら、値札が付いていなかったので、「おっちゃん、このナスビなんぼ?」と大阪弁で聞いたのです。その時の「ギョッ」とした、おっちゃんと周りの人たちの顔! そのよそ者を見る目に私はとてもやりきれなくて、何も買わずにお店を出ました。

「大阪やったら、『すまんすまん、値札付けるの忘れとったわ。そのナス150円や。今日のは柔らかいから焼きナスがええで。アルミホイル巻いてオーブントースターで10分焼いてみ。ふっくらできるで』って調理法まで教えてくれるのに…」

お店に居合わせた人たちは、生の大阪弁に驚いただけかもしれませんが、人生で初めて経験する疎外感に心が折れました。それ以来、黙って買い物をし、人と関わることを避けるようになりました。吉本新喜劇を見ても涙が出るし、「懐かしの大阪メロディ」のような番組を見ようものなら、最初から最後まで泣きっぱなしです。

「まるで遠い外国に来たみたい。大阪へ帰りたいな。いやいや、結婚したんやから寂しいのは我慢、我慢」と自分に言い聞かせ、毎日を過ごしていました。

そんなある朝、左耳が全く聞こえなくなったのです。慌てて病院に行くと、精神的ストレスによる難聴と診断され入院。点滴につながれたベッドの上で、谷底に落ちていくような孤独を味わいました。

「千葉にいたときのAさんも、きっとこんな気持ちやったんや。いや、彼女は自分の寂しさだけやなく、産後は慣れへん土地で何のサポートもなくて、孤独に耐えながら赤ちゃんを育てなあかん状況やった。戻りたくないよな。誰にも相談できず辛かったやろうな」

環境の変化が心と身体に影響することを味わい、私はあの時のAさんの涙をやっと受け止めることができたのです。聴力が完全に戻るのに一か月かかりました。

もし、産後、自宅に戻ろうとしないAさんに寄り添い、親身になってこれからのことを共に考えてくれる人がいたら、あんな不幸な事件は起きなかったのではないでしょうか。

この気づきを生かすため、私はこれ以降、産婦さんが退院してからの育児や家事のサポート体制を丁寧に聞き取るようにしています。その情報を元にお母さんの子育ての環境を想像しながら、家族の方にも協力をお願いして具体的なアドバイスをしています。

特にAさんのような里帰り出産の初産婦さんには、問題が起こった時に一人で抱え込まないよう、相談できる連絡先をあらかじめ伝えるようにしました。そして、退院の際には「自宅に戻ってからも、不安なことがあれば電話をください。夜中でもいいからね」と必ず言い添えるようにしています。

人は環境の変化に弱い。それを体感したからこそ、変化のただ中で子育てをするお母さんに心を寄せていきたい。Aさんの涙を思い出すたびに、決意を新たにしています。

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