(天理教の時間)
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第1280回2024年5月3日配信

そこにある幸せ

山本達則先生 IMG_1557
山本 達則

文:山本 達則

第1239回

アメとムチの親心

本出版を間近にして、大腸炎を患い緊急入院。病室で校正作業に没頭する私に、ナースの厳しい目が…。

自分を偽っているようでつらい

 

人と関わるのが苦手な性格なところを、無理をして職場で明るく振る舞ってきたという女性Aさん。上司からは世話好きな性格と勘違いされ、新人の教育係など、面倒ごとばかりを任されるようになったとか。自分を偽っているようで辛いといいます。

新人のお世話などは、少し先輩になった誰かが担う役割なのでしょうが、それがよりによって向いてないAさんのところへ。しかし、これを上司の勘違いと一概に言い切れるでしょうか。上司からすれば、Aさんのことをよく見て判断した結果ですから、無理をして明るく振る舞っている、その努力が評価されたとも言えるでしょう。

Aさんにとっては、自分の苦手なことを任されて、納得できない面もあるかも知れませんが、それを自らが成長するための有意義な機会と捉えるべきではないでしょうか。自分の本当の性格というのは、案外自分では気づかないものです。与えられた仕事をこなすうちに、自分の思いも寄らない一面を発見したり、内面の変化に気づくこともあるかも知れません。

天理教教祖・中山みき様「おやさま」は、この教えを開かれ、世界たすけの先頭に立たれながらも、

「わしは、子供の時から、陰気な者やったで、人寄りの中へは一寸も出る気にならなんだ」(教祖伝 96頁)

と、お若い頃の内気な性分を振り返っておられます。これほど有り難いお手本が他にあるでしょうか。

 


 

アメとムチの親心

助産師  目黒 和加子

 

私は以前、天理教信者向けの月刊誌で連載をしていました。その連載を書籍化することになり、『出産・助産師の祈り』と題して、2016年1月26日、教祖130年祭当日に発刊と決まりました。

分厚い原稿を3回修正し、発刊のひと月半前には仕上げなければなりません。最後の修正は1211日、天理市内にある出版社で担当者さんと一緒に行う予定でした。

天理に向かう日の早朝、顔を洗っていると右の脇腹に激痛が走りました。洗面所の床の上で冷や汗を流し、転げ回っている私を見て主人はビックリ!これはただ事ではないと、近所の救急病院へ向かいました。

救急外来の医師は、「CT検査で上行結腸が炎症を起こし、パンパンに腫れ上がっているのが分かりました。直ちに入院です。大腸を休ませるため、飲んだり食べたりしないように。水分と栄養は点滴で入れます。トイレ以外は歩かないで、ベッド上安静です」と真剣な顔。

直ぐに天理の出版社に電話をし、「入院したのでそちらへ行けません。原稿は自宅に送ってください」と伝えると、担当者さんは「最後の修正はせずに出版しましょう」と言います。それでは私が納得できません。頑固な私は、病室で作業をすると決めました。

最初に入院したのは四人部屋。相部屋なので騒がしく、夜九時に消灯しなければ同室の方に迷惑をかけてしまいます。個室に変えてもらい、集中して作業しなければ締め切りに間に合わなくなります。

翌日、病棟師長さんに「個室に変えてください」とお願いしましたが、「いっぱいで空きがありません」とのこと。がっかりする私に師長さんが、「どうして個室にこだわるのですか」と尋ねます。

「以前、雑誌に連載していた文章をまとめて来月、本を出版する予定なんです。最後の見直しを三日間でやらないと間に合いません」

「助産師さんが何を言ってるんですか!今は急性大腸炎の患者ですよ。お腹痛いんでしょう?入院中は治療に専念してください!」

と一喝されました。

「無理を言っているのは分かってます。けれど、今やらなかったら生涯、後悔します!」

私も譲りません。

「その本はどんな内容なんですか」

と、あきれ顔の師長さん。

「分娩介助をした産婦さんからもらった手紙と、分娩介助の経験を基に書いたものです。お産で家族が増えるのは当たり前ではないこと。お産の時には人間以外の、大いなる者の力が働いていることを書きました」

 少しの沈黙の後、師長さんが「あなた、信仰を持っている助産師さんね」と確認するように尋ねます。私が小さくうなずくと、「病棟の一番奥にある特別室なら空いてます。一日8万円のお部屋ですが、どうしますか」

「8万円でも結構です。そこに入れてください。3日間で仕上げます。終わったら四人部屋に戻ります。お願いします」と頭を下げました。

「部屋代が24万円になるけど、いいんですね。分かりました。すぐに移動しましょう」

車椅子で特別室に運ばれてビックリ仰天。バス、トイレだけでなく、オール電化のキッチンがあり、ベッドルームにはヨーロッパ調の家具が備え付けられています。リビングには豪華な応接セットと大型液晶テレビ。まるで最高級ホテルのスイートルームのよう。ベッド上安静の私には、まったく必要ありませんが…。

特別室は静かで、原稿と向き合うのにはうってつけ。集中できる環境は整いました。左腕に痛み止めと抗生物質の24時間持続点滴、右手に鉛筆。書いては消し、また書いては消しの繰り返し。消灯後は枕灯をつけ、横になっての作業です。

真夜中、巡視に来たナースは、「点滴しながら夜なべしている患者さんを初めて見ました」と苦い顔。明け方、再び巡視に来て「入院中に徹夜で仕事をするなんて、あなた助産師ですよね。師長に報告します」とカンカンに怒っています。

朝9時、様子を見に来た師長さんは厳しい表情。叱られると思いきや、「目黒さん、ここまで頑張ったんだから、ど根性でやり遂げてください!主治医とナースには私から話しておきます」と、なんと応援に回ってくださったのです。その後の2日間は点滴のボトルが空になっているのに気づかないぐらい、我を忘れて作業に没頭しました。

特別室に入院して3日目の朝、250ページの修正が完了。直ちに出版社に送りました。

「師長さん、原稿を仕上げることができました。無理を聞いてくださってありがとうございました。4人部屋に戻ります」

すると師長さんは、

「目黒さん、退院まで特別室を使ってください」

と言うのです。

「そんなお金はありません」

戸惑う私に師長さんは、

「あなたは自分のためではなく、誰かのため、社会のために書いていたんでしょ。助産師の仕事をしながら毎月原稿を書き続けるのは、並大抵のことではないもの。それを支えたのは信仰だったのでしょう。私にも信じるものがあるから、あなたの気持ちに共感したのよ。特別室はめったに使わないから、いつも空いているの。同じ看護職者として、何かさせてもらいたいんです。最初の3日間はあなたの希望でこの部屋を使ったので、24万円はいただきます。以後は病棟の都合で特別室を使ってもらったことにします。ですから4日目以降の個室代はいただきません。これぐらい、師長の采配で何とでもなるのよ。今まで頑張ったんだから、のんびりしてください」

と、優しい笑顔。

こんなことがあるのでしょうか。それから一週間、特別室でセレブのように優雅に過ごし、元気に退院となりました。

年が明け、教祖130年祭当日。予定通り『出産・助産師の祈り』は発刊されました。

それにしても、一ミリのずれもなく、フォーカスをピタッと合わせてくる神業。アメとムチを巧みに使い分ける抜かりない親心に、怖ささえ感じます。こうなったら、真っ直ぐに飛び込むしかないでしょう。神様の懐に。

(終)

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