(ラジオ天理教の時間)
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第1149回2021年10月24日・25日放送

和香ちゃんと和加ちゃん

目黒和加子先生
目黒 和加子

文:目黒 和加子

第1141回

教会家族

三男が高熱を出し入院。教会を妻に託し、私が付き添うことになったが、幼い子どもや里子たちが心配でならない。

教会家族

滋賀県在住  池戸 剛

 

昨年、三歳になる三男の勇心(ゆうしん)が熱を出しました。それも40度を超える高熱で、左側の首元が大きく腫れ上がり、すぐにかかりつけの小児科を受診しました。

すると、「これは川崎病の疑いがあります。すぐに入院した方がいいかもしれませんね」とのことで、新型コロナウイルスによる緊急事態宣言の最中、急遽入院することになりました。

川崎病は、主に乳幼児期に発症する後天性の心疾患で、毎年一万人を超える子どもが発病しています。発熱や目の充血、発疹が出たり唇や舌が赤くなったり、特徴的な症状が表れます。また、重い合併症である冠動脈瘤が心臓にできた場合には、長期的な内服薬の使用や、運動制限が必要になることがあるそうです。

私は病院から妻に連絡し、入院の準備をするように伝えました。高熱が続き、充分に睡眠も取れていない状態だったので、入院して診ていただくことで、私は正直ホッとしました。息子は二歳の時に肺炎で入院したことがあり、私はその時も一週間の付き添いを経験していたので、それほど慌てることはありませんでした。

それよりも、私が不在になったあとの教会が不安でなりませんでした。というのも、私の教会は、小学一年生の長男をはじめ四人の男の子と、お預かりしている小学生から高校生までの六人の里子たち、それに92歳の祖母と住み込みさん家族が生活を共にしています。

しかも、その月から、教会の前任者であった父と母が、「教会も里子たちのことも、後は任せたよ!」と、40キロ離れた別の教会へ移り住んだばかりで、教会として新たなスタートを切った矢先だったのです。

毎晩夫婦で、「今日も一日何とか終わったな~」と大きく息をつく日々で、私が病院へ行ってしまったら、妻一人で教会はどうなるのだろうと不安を感じながら、一旦、準備のために教会へ戻りました。

勇心が入院することを知った子どもや里子たちは、相談して何やら作り始めていました。そして、「これ、病院に持っていきな!」と、手作りのケースにアニメのキャラクターのカードをたくさん入れた物や、イラストを添えた手紙など、しばらく教会を離れても寂しくないように、それぞれに心のこもった物を持たせてくれました。

また、20年前に4歳で里子として来て以来、委託措置が解除されたあとも教会につながり続けている保育士の日奈子も、この一大事にすぐに駆けつけ、教会に泊まり込んでくれることになりました。

入院生活が始まり、妻と日奈子が息子と私の食事を病院に運んでくれました。私が「教会はどうなってる?」と妻に聞くと、

「それがね、神様のお掃除から、お供え物の準備や片付け、洗濯やご飯の支度、お弁当づくりまで、みんなで役割分担を決めてきちんとやってくれているの。おばあちゃんはいつものように神様のお掃除をしてくれて、保育園の送り迎えの時間とか、大人の目が届かなくなる時は、子どもたちにしっかり目を配ってくれているのよ」と教えてくれました。

いつもは、私たち夫婦や住み込みさんがやっていることですが、子どもたちなりに教会の一大事を心配してくれたのでしょう。妻がお願いした訳でもないのに、それぞれが出来ることを進んで行い、とてもたすけられているということでした。

まだ幼い子どもたちに加え、様々な境遇から教会で暮らす里子たちの中には、思春期真っ只中の子もいます。普段は子どもたちの気持ちが理解できず、意思の疎通がうまくいかないこともありますが、皆が家族のことを思い、自分たちで考えて動いてくれた姿に、「みんな、すごいな~。ありがとう!」と、思わず涙が出ました。

息子は熱が上がったり下がったりを繰り返し、なかなか退院できませんでした。そんな中、コロナ禍による一斉休校で教会にいる子どもたちが、毎日時間を決め、LINEのビデオ通話を使って教会と病院をつないでくれました。

みんなで声を揃えて「ゆうし~ん!」と呼びかけると、息子も一人ひとりの名前を呼んで応えます。そうして楽しくやり取りをしているうちに、自然に笑顔が戻ってきました。教会の夕づとめの後に毎晩みんなで歌っている、教祖・中山みき様「おやさま」のお誕生日をお祝いする歌を、病室で大きな声で歌うまで元気を取り戻し、だんだんと食欲も出てきました。

そして、いよいよ本格的な治療が始まる日の朝、不思議なほど熱が下がったのです。翌日の診断では「川崎病ではない」と明言され、首元の腫れも一気に引いて、ほどなく退院の日を迎えることができました。

教会へ帰ると、教会家族みんなが「おかえりー!」と迎えてくれました。私は、何気ない日常こそがどれほど有り難いかを感じ、息子の入院を通して教会家族のたすけ合いの姿を引き出してくださった神様に、あらためてお礼を申し上げました。この出来事のおかげで、教会家族が一層愛おしく思えるようになりました。

 


 

見えてないことを説いておく

 

信仰のある人生とは、たとえば、一たす一は二、というような常識の世界とは別の、目に見えない真実にたどり着こうとする営みと言えるでしょう。合理的には説明のつかない事柄を信じ、それを自らの心の働きで掘り下げていくことによって、何らかのご守護の姿が現れてくるのかもしれません。

天理教教祖・中山みき様「おやさま」直筆による「おふでさき」に、

 いまゝでハがくもんなぞとゆうたとて
 みゑてない事さらにしろまい (四 88)

 このさきハみへてない事だん/\と
 よろづの事をみなといてをく (四 89)

とあります。

「今までは、学問というものは物事を明らかにする大したものだと言われてきた。しかし、その学問によっても、誰も知らない未知の事柄や、まだ表れていない未来を知ることはできない。ゆえに、これからは世界の人々をたすけるために、神が真実の教えをもって、見えていないことを段々と説き諭していく」。

この教えが、当時の人々にとって、いかに学問を超えた未知の事柄であったのか。このような逸話が残されています。


明治七年、教祖は二人の信者に対して、「大和(おやまと)神社へ行き、どういう神で御座ると、尋ねておいで」と、お屋敷から南へ四キロほど離れた大和神社へ行き、その神社の神様の由来について尋ねてくるよう仰せられました。このとき神職達は、「この神社は由緒ある大社であり、祭神は記紀神話に記された通りである」と述べましたが、どのようなご守護を下さる神様か、という点については答えることができませんでした。

そこで二人の信者が、教祖直筆による「おふでさき」を示し、「当方の神様は、かくかくの御守護を為し下さる、元の神・実の神である」と、日頃教えられた通り述べたところ、その翌日、お屋敷近くの石上神宮の神職達が、そのような異説を唱えることならんと、取り締まりの目的をもってお屋敷へやって来ました。

教祖は神職達に親しくお会いになり、神様のご守護について詳しく教え諭されました。神職達が「それが真(まこと)なれば、学問は嘘か」と詰め寄ると、教祖はこう仰せられました。

「学問に無い、古い九億九万六千年間のこと、世界へ教えたい」。(「教祖伝」 115~117頁)

 

学問によって知識を深く求めることは、神様からの賜物である知恵の働きを生かすことであり、極めて有益なことです。しかし、神様がこの世界と人間を創造されたお働きは、その学問や常識をはるかに超えた真実であることを忘れてはならないと思うのです。

(終)

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