(ラジオ天理教の時間)
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放送予定

第1216回2023年2月4日・5日

食べ物を通して感じること

岡先生(掲載)
岡 定紀

文:岡 定紀

第1129回

僕のドキドキ

小一の長男が「ドキドキする」と登校渋り。どうしたら彼の苦しさを取り除けるのか。ヒントは教祖のお姿にあった。

僕のドキドキ

岡山県在住  山﨑 石根

 

小学一年生の長男が、二学期が始まった途端に学校に行きたくないと言い始めました。いわゆる「登校渋り」です。もう八年も前のことになります。

毎朝「ドキドキする」と言って学校に行くのを嫌がるのです。妻が思いつく限りの応援メッセージを送り、一緒に登校するみんなの集合場所に連れて行くと、そこからは何とか学校に行くことができました。しかし、それが毎日続くと、妻も心が折れそうになります。

私は教会の御用で家を空けることが多く、その長男の様子を知ったのが数日後のことで、妻が予想される原因について教えてくれました。

「二学期から始まった初めての運動会の練習がシンドイんかなぁ…」
「運動会担当の先生の指導が熱心で、相当ビビってるみたいよ」
「初めての運動会なのに、私たち夫婦は教会の御用で見に行ってあげられない。やっぱりそれが寂しいんかなぁ」

心当たりは運動会ばかりでしたが、それでも何とか息子の苦しさの原因を探そうとする妻の姿に、私も胸が苦しくなりました。

しかし、私たちの信仰では、目の前に起こってきた事情は神様からのお手紙だと教えていただきます。だから、苦しい中でも感謝できる事を見つけて喜ばせていただこう。親である神様は、決して私たちを苦しめようとしているのではなく、成長させようと思われているに違いないのだ、と思いを新たにしました。

ややもすると、学校に行きたくないという子どもの姿に、「学校が悪いのでは」と責めてしまいたくなるものですが、実はこの時の学校の先生の対応が、私たちを支えてくれたのです。

登校渋りの心当たりを先生に伝えると、「お母さん、そんなにたくさんの理由を探してくれたんですね」と妻の頑張りを認めてくれた上で、「本番が無理なら、練習だけでも見てあげたらどうですか」と、参観日でもないのに練習の見学を許可してくれたのです。その日、本人が一生懸命頑張っている姿を見ることができた妻は、帰ってきたら思いっきり褒めてあげようとの気持ちになったのでした。

さて、長男と妻の件のやりとりは毎朝続くわけです。どうしたら本人の苦しさを取り除いてあげられるだろうと思った時に、ここでも私は、喜べること、つまり長男の良いところ、できているところを探そうと思いました。すると、数え切れないほどいっぱいあることに気づきました。

何より、こんなに不安を抱えているのに学校に行くことができている。そして、その原因を「ドキドキする」という表現で、言葉にできている。これはこの子の強みだと思いました。

「凄いな。学校に行きたくない理由をちゃんと言えるんじゃなあ。そのドキドキがなくなったら、学校に行けるの?」と尋ねると、「そう、ドキドキするから行きたくないんよ」と、立派な受け答えです。

「じゃあ、そのドキドキ、お父さんが食べてあげるわ。出せる?」

すると、うなずいた長男は両掌を胸に当て、前に差し出すようにして、ドキドキをそっと出してくれました。思わず笑いそうになりましたが、「すご~い。ドキドキ出せるんやね」と言いながら、受け取ったドキドキを私はパクパク食べました。長男は何とも言えない笑顔でした。

今から思い返しても、どうしてそうしようと思ったのか分かりませんが、その時に思い浮かべたのは、天理教の教祖、中山みき様「おやさま」のお姿でした。

教祖だったらどうされるだろう。きっと辛く苦しい子どもを前にしたら、代わってあげたい、苦しみを取り除いてあげたいと思うのが教祖の親心で、子どもが安心できるような工夫をされるのではないかと思ったのです。

その日から毎朝、玄関で「ドキドキ」を食べる登校前のルーティーンワークが始まりました。私は教会の御用で留守にすることも多いので、長男と百円ショップに行き、大きなガラスの壺を買いました。

「お父さんがおらん時はなぁ、ここにドキドキを入れといてな。できる?」
「オッケー」

私が不在の際は、妻と一緒にガラスの壺にドキドキを溜めていき、私が帰ってきた時に「うわぁ、めっちゃドキドキ溜まってるなぁ」と言ってドキドキを食べる、というような日々が続きました。こうなってくると、当初は辛く苦しいと悩んだ登校渋りも、何だか楽しくなってきました。人間の心とは何とも不思議なものです。

もちろん実際には、不安になったり落ち込んだりすることもありましたが、3、4か月このようなやり取りを続けているうちに、長男は不安がらずに登校できるようになりました。その間、私たち夫婦も辛くなかったと言えば嘘になりますが、二人で意識して、子どものできている部分を見よう、喜びを探そうと努めることができたように思います。

その後、妻が、子育て中のお母さんから、わが子と同じような相談を何度か受けることがありました。

妻が自分の辛かった経験を活かし、「心配よね~、うちもあったんよ~」と、お母さん方と同じ目線で分かち合う姿を見た時、我が家の出来事も、むしろあって良かったとさえ思えるようになりました。

さてさて、当の長男は、それから数年後、この頃のドキドキを食べてもらったやり取りを作文に書きました。「僕のお父さんは変わっています…」と。

いや、心配しなくても、お前も十分変わっているよ。だって、私の息子なんだから…。

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