(ラジオ天理教の時間)
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第1123回2021年4月24日・25日放送

頑張れ、私たち!

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芦田 京子

文:芦田 京子

第1114回

吹雪が運んでくれた出逢い

父は、空港で足止めされた見知らぬ人たちを教会でお世話することがあった。私も見習おうと思っていると…。

吹雪が運んでくれた出逢い

北海道在住  高橋 太志

 

私が住む北海道千歳市にも冬が訪れ、厳しい寒さと雪の中で生活しています。新千歳空港のある千歳市は、北海道の中では比較的雪の少ない地域と言われていますが、その分、朝夕の冷え込みが厳しく、マイナス20度を超える朝をひと冬に何度か経験します。また、雪が少ないと言っても、一年に何度も大雪や吹雪で飛行機の欠航が生じます。

私がまだ子供の頃、冬の日、朝起きると見知らぬ方々が教会にいて、一緒に朝食を食べるということがありました。父に話を聞くと、空港で居合わせて、飛行機が欠航になり泊まるところがなくて困っている様子だったので、それならばと教会に泊まってもらったと言うのです。それでも父には、「救けてあげた」という心のおごりなどは全くありませんでした。

父が天理教を信仰するきっかけは、祖母の言葉でした。
祖母は臨終の際、息子である若き父の手を握り、蚊の泣くような弱々しい声で、「私のような不幸な人々を救けておくれ」と短い言葉を残し、42歳で息を引き取ったのです。
父はそのことを知った近所の人から、「人を救けたいのなら天理教の布教師になりなさい」と声を掛けられ、祖母との約束を果たすべく信仰を始めました。

そして、悩みを抱える方々の運命を切り替えることや、喜びの人生を歩むためのお手伝いをしながら生涯を通りました。一人ひとりの心を大切にし、長い年月をかけて教え導く父の姿が、私の心に深く残っています。

父を見習い、私も空港で困っている方に何かお手伝いをと思っても、そのような場面に出逢うこともなく、またこちらから声を掛ける勇気もなく、現実にそのような機会が訪れることはありませんでした。

ところが、今から三年ほど前、インドネシアに単身赴任中の弟から突然連絡が入りました。現地で知り合った日本人の男性が、インドネシア人の家族のガイドとして来日し、「旅行の終わりに日本の雪が見たい」という家族のリクエストに応えて、北海道へ向かった。希望通り雪を見ることはできたのだが、吹雪のため関西国際空港へ向かう新千歳発の便が欠航となってしまったと。

弟から連絡を受けた私は、その日本人男性とインドネシア人のご家族に教会にお泊まりいただくことにしました。異国でこのようなトラブルに出会い、不安でいっぱいだったことでしょう。

少しでも気分が楽になればと、弟の友人の通訳を介して、インドネシアのことや北海道のことなど、色々なお話をしました。急なことで特別なお構いはできませんでしたが、父と同じように、困っている方々を教会でお世話できる喜びを持って、精一杯お迎えしました。

翌日は、列車の運行状況を調べ、函館まで列車を使い、そこから新幹線を乗り継いで関西へ向かっていただきました。教会を出発する際、雪景色をバックに笑顔で記念写真を撮り、お見送りをしました。夜になって予定の時間に空港に到着し、無事、インドネシア行きの便に搭乗できたと連絡を受け、私たち家族はとても嬉しく、またホッとしたのでした。

その日本人男性とは、後日、奈良県で再会を果たしました。彼が天理教の青少年育成のためのキャンプ場「さんさいの里」を、インドネシアの子供たちと一緒に訪れた際、私もキャンプのスタッフとしてその場にいたのです。

この「さんさいの里」は、「たすけあいと創造」をテーマに作られた、今年で50年を迎えるキャンプ場です。私は長い間そのスタッフをつとめる中で、自然の素晴らしさを知り、人生の価値観が変わるような経験をしました。

そのような私にとってかけがえのない場所で、再び出逢えたことに驚きと喜びを感じました。インドネシアのご家族の近況なども聞くことができ、出逢いというのは不思議なものだなとつくづく感じました。いまでも、教会に泊まってくださったご家族との記念写真を見ると、その時を思い出し、心が温かく満たされるような気がします。

天理教教祖・中山みき様「おやさま」は、「優しい心神の望み」(「おさしづ」M34・3・7)とお教えくださいました。

人にやさしく接すること、寄り添うこと、支え合うことは、いつの時代でも大切な心遣いです。どんな出逢いでも、たとえ望んでいない出来事に出逢ったとしても、優しい心遣いが大切だと思います。私たち人間は皆、そのような優しい心を持っているのです。

吹雪が運んできた出逢いは、人と人とのぬくもりを与えてくれた貴重な出逢いとなりました。

祖母が、「私のような不幸な人々をたすけておくれ」と臨終の際に父に託した言葉は、孫である私にも力強く聞こえます。一度も会ったことのない祖母からのぬくもりのある言葉は、私たち孫やひ孫たちへの父を通したメッセージだと気づいたのです。この言葉との素敵な出逢いも、大切にしていきたいと思います。

 


 
神様からの宿題 -家族の『記念日』をつくろう!-
 (「人間いきいき通信」 2001年4月号より)

 
「おまえ、チョコレート何個もらった?」
「誰からもらった?」

毎年2月14日はご存じのように「バレンタインデー」。
女性が好きな男性にチョコレートを贈って、愛の告白をする日だ。毎年この日が近くなると、どこのお菓子売り場もチョコレートが山積みになって大盛況だ。

「本命チョコ」だけでなく、そんなに好きでもない上司や同僚に贈るための「義理チョコ」なるものも手ごろな値段で大売り出し。一カ月後には「ホワイトデー」というチョコのお返しキャンペーンが開催され、たくさんの男の人が店に並ぶのである。お菓子メーカーにしてみれば、この時期だけで年間収益の四割を売り上げる、自社の存亡をかけた闘いだそうだ。

たしかバレンタインデーは、ローマ皇帝から死刑に処されたバレンタイン司教をしのんで、ヨーロッパで始められた記念日だったと思う。当のバレンタインさんにしてみれば、自分のいわば命日に、この日のいわれも知らない日本の男女が、愛を語るならまだしも、「もう、毎年お金がかかって大変!」などとグチっている姿に、さぞかし複雑な心境だろう。

ほかにも最近、いやに「〇〇の日」という記念日が多いような気がして調べてみた。「耳の日」「瞳の日」「歯の日」から、「風邪の日」「頭痛の日」、「天ぷらの日」に「アンパンの日」「煮干しの日」、さらには「爪切りの日」などなど、「いつから決まったの?」と聞きたくなるような名前がめじろ押し。完全に〝早く制定した者勝ち状態〟である。

亡くなった映画評論家の淀川長治さんは、誕生日に友人からお祝いに誘われると、いつもこう断ったという。

「私は自分の誕生日は母と一緒に過ごします。もう亡くなって、そばにはいないけれども、この日一日は母のことだけを想い、母に心から感謝する日にしたいのです」

淀川さんにとって、誕生日は母親とのかけがえのない思い出の記念日だったのだ。

このような心のこもった記念日が人生のなかにたくさんあったら、とても素敵なことだと思う。本当の記念日は外側から与えられるものではなく、自分の心の内側から創り出していかなければ意味がない。

大切なのはカレンダーの日付ではなく、その日が自分の人生のなかで意味することを心でじっくり噛みしめ、味わうことなのだと思う。

できれば一度、家族でわが家の年表をつくって、話し合ってみると面白いかもしれない。結婚、誕生、家族旅行、受験、病気、親しい人との別れなど、家族で経験してきた出来事に、それぞれがいろいろな思いを持って生きてきたはずだ。うれしい思い出も悲しい思い出も全部含めて、いまの家族が成り立っていることを忘れてはならないと思う。

めいめいが自分勝手な考え方にとらわれたり、忙しさにかまけて、たくさんの記念日の積み重ねのなかに生きていることに鈍感になったとき、家族の絆が弱くなっていくのではないだろうか。

「そんな過去のことを振り返っても……」という人もいるが、きちんと正面から過去を見据えられない人に、いまの自分の姿は見えにくいし、これからの未来も開けていくはずはない。過去、現在、未来と三つがそろった時間の流れこそが、私たちの「いのち」そのものなのだから。

人間の本当の生きる喜びは、感謝の心からしか生まれてこないものだ。家族が力を合わせて「感謝の記念日」をたくさん創っていくことが、真実の幸せに向かう道なのだと思う。

(終)

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