(天理教の時間)
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第1280回2024年5月3日配信

そこにある幸せ

山本達則先生 IMG_1557
山本 達則

文:山本 達則

第1110回

血まみれの仕事

助産師一年目、緊急帝王切開の現場。母子共に命が危うい状況で、私は夢中でストレッチャーを押し、全力で走った。

血まみれの仕事

 助産師  目黒 和加子

 
「バシャーッ」
私の頭の上に、ぬく~いものが降ってきました。
ぬくいもの? お風呂場でシャワーを浴びているのではありません。

今は真夜中、ここは産科病院の手術室。頭の上から降ってきたのは、羊水交じりの血液です。
産科医の中島(なかしま)先生と私は、血のシャワーを浴びて血まみれ状態。なんでこんな事になっているのでしょう。
事の始まりは、30分前に受けた一本の電話。助産師になって一年目、底冷えのする夜勤での出来事です。

初産婦の小野さんから「おなかが痛い!」と、大声でわめくように電話がありました。私は陣痛がきたのかと思いましたが、「急に痛みがきて、ずっと痛いんです!」と、どうも様子が変です。すぐに救急車で来院してもらうことにしました。

当直医の中島先生は、「小野さんは妊娠高血圧症候群があるからな、早剥(そうはく)かもしれんぞ!」と言います。

早剥とは、「常位胎盤早期剥離」の略語で、「正常な位置についていた胎盤が、赤ちゃんが産まれる前に子宮壁からはがれ、大出血を起こす」という産科で最も怖い疾患の一つ。
早剥の原因ははっきりと分かっていませんが、妊娠高血圧症候群に合併して起こる場合がしばしば見られます。

胎盤は子宮壁に張りつき、へその緒を通して赤ちゃんに栄養と酸素を送る重要な臓器。胎盤がはがれ始めるとお母さんは激痛を訴え、子宮内へ血が大量に流れ出します。その結果、赤ちゃんだけでなくお母さんの命も危機に陥ります。

みぞれ降る真夜中、病院の玄関先で寒さに震えながら救急車の到着を待つ中島先生と私。
先生は「早剥やったら、すぐに帝王切開するぞ! 一分一秒でも早くしないと赤ちゃんもお母さんもたすからん」と、真剣な顔。

早剥は助産師をしている限り、避けては通れない疾患です。先輩助産師から早剥の恐ろしさを何度も聞いてはいましたが、私はまだ当たったことがないのでピンときていません。

そんな中、救急車が到着。車内でのたうち回る小野さん。陣痛は痛い時と痛くない時が交互にくるので休憩タイムがありますが、小野さんの痛がり方は気がふれたようで休みがなく、明らかに陣痛とは違います。

助産師学校の授業で、「早剥のおなかは板のように硬い」と教わりました。おなかを触診したところ、カチコチ。まるで分厚い板に触れているようです。すぐに先生が超音波エコーで子宮を診ると、胎盤と子宮壁との間に血の塊が認められました。

本当に、常位胎盤早期剥離です。いったん胎盤の剥離が始まると、あれよあれよという間に剥がれてしまうので、時間との闘いになります。子宮口は閉じたまま。胎児心拍数は一分間に三十回を切り、赤ちゃんはかなり苦しい状態。

「胎盤が子宮から剥がれかけています。赤ちゃんの命がとても危ない状態です。このままではお母さんの命まで危険です。ただちに帝王切開をします!」

叫ぶようにご主人に説明する中島先生。
「急げ!」という先生の掛け声が診察室に響きました。私は他のスタッフと共に、小野さんをストレッチャーに乗せ、手術室へと全速力で、走る、走る!

通常なら麻酔をかけた後、おなかを丁寧に消毒してから切開しますが、この時ばかりは消毒液をバシャッ、バシャッとぶっかけて、手術開始。中島先生のメスさばきは、ものすごいスピードで、あっという間に子宮が表れました。

普段の帝王切開で見る子宮は褐色をしていますが、小野さんの子宮は青白く、石のように硬く、はじけんばかりに大きくなっています。胎盤剥離面からの出血が、子宮の中に大量に溜まっているのです。

中島先生は、「これが早剥子宮や。覚えておけ!」と震える私を叱咤すると、子宮にメスを入れました。と同時に、切開した所から羊水混じりの血が噴水のように噴き出し、中島先生と私の頭の上にシャワーのように降ってきたのです。

先生は、血の海になっている子宮の中から赤ちゃんを取り上げましたが、赤ちゃんは人形のようにぐったりし、呼吸もなく、わずかに心臓が動いている状態。
すぐに蘇生法を施したところ、「ムギュ、ムギュ」とうなるように声を出しました。その泣き声は段々と力強くなり、ついに「オギャー」と元気に泣いてくれました。

子宮の中を見ると、なんと胎盤の五分の一だけが剥がれずに、へばりついていたのです。赤ちゃんは、ここからほんのわずかな酸素をもらい、命拾いをしたのです。
お母さんも輸血をしましたが大事には至らず、母子共に危機一髪のところでたすかりました。

壮絶な夜勤が終わり、駅前の喫茶メトロで一息ついている中島先生と私。
「内科や外科とは違う、産科の特徴を教えたるわ」。先生のモーニングを食べながらの講義が始まりました。

「まず、一人に一つの命とちゃう。一人に二つの命がある。母と子の二つの命を同時に診ること。次に、今の今まで正常やったのに、何の前触れもなしに異常へと急変することがある。段々とちゃうで、想定外の急変や。せやから、瞬間の判断を迫られるのも産科の特徴やな。その判断が喜びとどん底を分ける。要するに、生と死を分ける判断を数秒でせなあかん」

「それから、おめでたく終わらせなあかんのも産科や。世の中では、お産はめでたいことやから、そうでなかった場合は社会的責任が大きくて、産科医は訴えられることも多いんやで」。

先生に教わった以外に、私の経験を加えると、「祈る心」が根底にあるのが産科の特徴だと思います。

あの夜、緊急帝王切開が終わった後の手術室内はまるで戦場。まぶたに焼き付いて、決して忘れることの出来ない光景です。
手術後、中島先生は、「〝Bloody Business〟『血まみれの仕事』に誇りを持つんやで」と、優しく諭すようにおっしゃいました。

産科に勤務する医療スタッフは、産科の特徴を胸に刻み、祈りを抱きつつ、日々、二つの命と向き合っています。

 


 
道は小さいときから

 
天理教では、入信から代を重ねて信仰している家庭が数多くあります。
親から子へ、子から孫へと信仰を伝えることは簡単ではありませんが、神様のお言葉に「もう道というは、小さい時から心写さにゃならん」(『おさしづ』M33・11・16)とあるように、幼い頃から子供に教えを伝え、その心に信仰の喜びを映すよう努めるのは、親はもとより大人としての大切なつとめであると教えられています。

幼い頃、共働きの両親に代わり、祖母のもとで育てられたというAさん。
信仰を持つ祖母から、この世界が神様のご守護に満ちあふれていること、人間の身体が神様からのかりものであることなど、教えについて、折にふれ聞かされていたと言います。

家族で初めて天理教本部の神殿へ参拝した時の感動を、Aさんは鮮明に覚えています。そして、大好きな祖母とのおぢばがえりは、それが最初で最後となったのでした。

祖母が亡くなり、成長するに連れて徐々に信仰から離れたAさんが、再び教えと向き合うようになったのは、奥さんの病気がきっかけでした。
奥さんをどう支えていけばいいか分からず、途方に暮れていた時、ふと「天理へ行こう」と思い立ったのです。

以来、夫婦で熱心な信仰を続けているAさん。幼い頃に祖母から蒔かれた信仰の種は、Aさんの心にしっかりと根付き、数十年の時を経て実を結んだのです。

小学4年生の時、母親に連れられて教会に参拝したBさん。
教会の庭にあった井戸が汚れていることに気づきました。
当時、自宅の井戸を掃除すると、母親が必ずお小遣いをくれていたこともあり、Bさんは進んで井戸の掃除を買って出ました。

掃除を終えたBさんが、教会の会長さんにお小遣いをねだったところ、会長さんは「ひのきしん」の教えについて話してくれたと言います。

「元気な身体を神様からお借りしていることに感謝して、そのお礼の気持ちを込めてさせていただくのが『ひのきしん』なんだよ」。

初めて聞く教えは、幼いBさんの心に深く刻み込まれました。
六十歳を過ぎてなお、日々ひのきしんを心掛けるBさん。その原点は、会長さんが、ひのきしんの精神を優しく諭してくれたことにあったのです。

(終)

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