(ラジオ天理教の時間)
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放送予定

第1216回2023年2月4日・5日

食べ物を通して感じること

岡先生(掲載)
岡 定紀

文:岡 定紀

第1092回

卯の花匂う

家族を捨てて蒸発した父を憎んでいた私に、高校生の時、ある一遍の小説が課題を投げかける。

卯の花匂う

 助産師  目黒 和加子

「卯の花」を知っていますか? 初夏に咲く白い花で、その香りは清々しく、ほんのり甘く、その場にいる人を包み込む優しい匂いです。

高校生の頃、一冊の本に出合いました。平岩弓枝の『御宿かわせみ』。有名な小説ですから、ご存じの方も多いと思います。その中の一篇、『卯の花匂う』が私に大きな課題を投げかけることになるのです。

話の主人公は20歳(はたち)の青年・喜一郎。13歳で父を殺され、あろうことか、父を殺した敵(かたき)と母が駆け落ち。喜一郎は敵と母を殺し、自らも自害することを生き甲斐としてきた。

7年後、喜一郎は二人が江戸にいることを突き止め、ついに憎き敵と母を探し当てる。その時、父の敵は脳卒中の後遺症で身体が思うように動かなくなっていた。喜一郎が刃を向けた土壇場で、聞こえてきたのは敵のたどたどしい言葉。
「花の……匂い……花の……」
母が白い花を見て、「卯の花ですよ」
すると、喜一郎は本懐を遂げることなく、その場から逃げるように走り去る。その理由をかわせみの女主人、るいは、次のように語っている。
「喜一郎さんがね、やっぱり、花の香がすると思ったんですって、敵を討って、母親を斬ろうという最中に……そしたら、相手もおっ母さんも花の匂いに気がついていた。同じ花の匂いをかいでいるんだなと思ったら、どうにもならなくなっちまったんですって」。

高校生の頃の私は、喜一郎が同じ花の匂いを感じただけで、敵討ちをやめたことが理解できませんでした。それには訳があります。

私が幼い頃、父は親戚の経営するA社の営業部長をしていました。A社は私が四歳の時に倒産。父が営業と称し、キャバレーでお金を散財したのが原因の一つだったようです。
父はその後、自分で事業を始めるのですがうまくいかず、借金が膨らみ、突然キャバレーのホステスさんと蒸発してしまいます。債権者が自宅に押し寄せる日々。気が狂いそうになった母は、私を静岡にある父の所属する天理教の教会に預けました。

数カ月後、母が迎えに来て大阪へ戻りましたが、親戚宅を転々とする生活。母と私と弟の三人で暮らせるようになるのに、五年もかかりました。

そんな中、A社の社長だった親戚は小学生の私に、「あんたのお父さんのせいで会社が倒産した。殺してやろうと思った。挙げ句の果てに借金を女房に押しつけてホステスと逃げるなんて、人間のクズや」と、繰り返し言いました。

刃物のような言葉と大人の威圧感に傷つきながら、黙って耐えるしかありません。家族を捨て、周囲の人を不幸にした父。その娘というだけで怒りの対象となるのです。
私には父に可愛がってもらい、愛された記憶があります。だからこそ憎しみも恨みも深く、父をいつか見つけ出し、仕返ししてやると幼心に決意したのです。

そんな思いが積もり重なった時に読んだのが、『卯の花匂う』。喜一郎の気持ちを理解できないどころか、「アホとちゃうか」とまで思っていた私。なぜ敵討ちをやめたのか、その疑問が心の中に居座り続けました。

その答えにたどり着いたのは、47歳の時。
ひょんなことから父の居場所が分かったのです。主人の父親に相談したところ、「生きているうちに会っておきなさい」と強く勧められ、住所を書いたメモを頼りに一人で訪ねていきました。さすがに47歳にまでなって仕返しは考えませんでしたが、父の態度によってはガツンと言ってやるつもりで向かいました。

行きついたのは、古い団地の一室。玄関から出てきた父は、私が名乗るまで娘の和加子であるとは気がつきませんでした。父は一緒に逃げたホステスさんと暮らしていて、二人とも八十歳を越えた老人になっています。挨拶だけで帰ろうとしましたが、「上がってください」と促され、中に入りました。

そこにいた一時間、私が聞かされたのは、二人の間にできた一人娘をどんなに可愛がって育てたかという〝親バカ話〟。娘さんの幼少期からのアルバムを何冊も見せながら、「これは小学一年生の時のピアノの発表会です。これは家族で北海道旅行に行った時です。成人式の振袖は友禅染を仕立てたんですよ。勉強がよくできて、国立大学の法学部を卒業して、上級国家公務員試験に一発で合格したんです」。

父も老女も笑顔で語り続けます。私は「そうですか」とうなずきながら、悲しくて、情けなくて、心で泣きました。

「本来なら二人して土下座で詫びるべきなのに、なんなのよ」。テーブルの下で拳を握りしめながら、話を聞いているうちに、私の中に変化が起こりました。目の前の父が子供に見えてきたのです。
いつしか心の涙も止まり、湧いてきた思いは「しゃ~ないなぁ」でした。

捨てた娘に、もう一人の娘の自慢話を聞かせるなんて、あり得ませんよね。それをやってのける父に対して、呆れるでもあきらめるでもなく、鳥が空から世界を眺めるような、広い心で受け入れる「しゃ~ないなぁ」です。

短気で気の強い私がテーブルを叩いて怒ることもなく、心が変化したことにものすごく驚きました。そして、心の中に居座っていたあの疑問、「なぜ、喜一郎は敵討ちをやめたのか」。その答えはこれだと、気づいたのです。

喜一郎は敵を討つことを支えに生きてきたのですが、その一方で、自分でも気づかないうちに、恨み心と折り合いをつけようと模索していたのではないでしょうか。
「同じ花の匂いをかいでいるんだな」との気づきが、模索する思いを意識化させ、敵討ちをやめるきっかけになったのでしょう。

なぜ、そう言い切れるのか。それは、父を目の前にして、恨み心と折り合いをつけようと模索している自分に気づいたからです。

父が家族を苦労のどん底に落とした張本人であることは、間違いありません。けれど、父と向き合った時、加害者と被害者、許してもらう側と許してあげる側、というような受け取り方が私には出来なくなりました。

喜一郎が恨み心を生きる支えにしていたことが、私と重なります。そして喜一郎にも私にも、折り合いをつけるための時間が必要だったのです。

初めて『卯の花匂う』を読んでから30年。
「神様、長い年月がかかりましたが、私にも、卯の花の優しい匂いが届きましたよ」

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