天理教の時間

「天理教の時間」家族円満 気づいていますか?身近にある幸せ

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第1383回

心にチカラを

娘が学校で仲間外れにされたという。私もかつて似た経験をし、その時もらった母の言葉を大切にしてきた。

心にチカラを

兵庫県在住  旭 和世

 

「先進国における子供の幸福度」という調査があるのをご存知でしょうか? 先進国38か国で行われている調査ですが、その中で日本の子供達の現状として驚くべき結果が出ています。

「身体的健康」いわゆる体が元気という面では1位であるのに対し、「精神的健康」心が元気かどうかという面では、38か国中32位という、最下位に近い真逆の結果になっています。要するに体は健康なのに、心が元気ではないという事なんです。

また、日本の10代後半から20代の死因の1位は「自死」という調査結果もあります。

たとえ元気に産まれてきて、住む家、着るもの、食べるものにそれほど不自由のない状況だったとしても、心が幸せではないという、とても切ない現実があるのです。

とある新聞記事では、ベトナムからの留学生が日本の感想をこんな風に語っていました。

「日本に来るまでは、きっと日本人は自分の国に誇りを持ち、幸せに暮らしていると思っていた。しかし実際に来日してみると、日本人はいつも疲れていてあまり笑っていない。いつも何か心配しているように見える。経済的豊かさは幸福につながるとは限らない。日本人の幸福とは何なのか」

海外の人にも、日本人の心は疲れているように見えるのだと思いました。

少し前のことです。娘が学校でいじめにあっているのでは?と思う事がありました。最近元気ないな、学校へ行くのも足取りが重たいな…とは感じていたのですが、ある日たまたま娘のいつもとは違う状況を見かけたのです。考えすぎかな?と思いながらも気になったので、その夜それとなく聞いてみました。

「今日何かあった?」

「え~、べつに…」と娘は言葉を濁し、そのあと小さい声で「私も悪かったかもしれんから…」と言うのです。

「どうしたの?」と聞くと、少しずつ話してくれました。

ずっと仲良しだった友達が最近そっけなくなって、グループの中で仲間外れにされている、という内容でした。

私は「そうだったの。それはしんどかったね。よく言ってくれたね」と答えつつ、娘のそうした状況に遭遇したのは、何か神様からのお知らせなのではないかと思いました。

そしてふと、私が子供の頃、娘と同じような経験をした事を思い出したのです。

その時母は、「もし自分の事を悪く言う人がいたら、その人の後ろ姿を拝ませてもらうんよ。あなたの悪いところを払ってくれていると思ってね」と優しく諭してくれました。

私はこの言葉で、とても心が明るくなりました。悪口を言われるのは辛い事だけど、信仰によってこんな風に前向きに捉える事ができるんだ、信仰を常に中心に置いていれば行き詰まることはないんだと、心にチカラをもらえたのです。

その事を思い出した私は、娘にも自分が母から教わったこの話をしました。そして、「きっとその子には、そうせざるを得ないような、心に背負っているしんどい事があるのかもしれないね」と伝え、相手を恨んだり、正したりしない事に決め、二人で約束をしました。娘も自分の気持ちを分かってもらえる存在が近くにいる事で安心し、少しずつ前に進む元気を取り戻したようでした。

こうして母の教えのお蔭で娘も元気になれた事を母に伝えると、母はこんな話をしてくれました。

「お母さんも若い時、陰口を言われたり、いじめられたりした事があってね。すごく辛くて悔しくて、心のやり場がなくて…。それで、父にその辛い気持ちを話したの。そうしたら父はじっと聞いてくれて、『その人はお前の悪いいんねんを取ってくれる人だから、有り難いと思って後ろ姿を拝ませてもらえ。そして、その人が喜ぶ事をさせてもらったらいい』って言ったの。それでハッとして…。そうやって心を治めたらいいんだって思ったら、だんだんその人への恨みの気持ちがなくなって、心が軽くなった事があってね。それで、その父の言葉を忘れずに大切にしてきたんよ」

天理教には「たんのう」という教えがあります。「おさしづ」という神様のお言葉に、

「成らん中たんのう、治められん処から治めるは、真実誠と言う。前生いんねんのさんげとも言う」(M30.7.14)とあります。

辛い事や悲しい事があった時、なかなか心は平静を保てません。けれど、その原因を外に求めて嘆いたり責めたりするのではなく、自らの人生の心得違いに気づき、その神様からのお知らせを有り難く受け取り、心と運命を切り替える事ができる「たんのう」の教え。

そんな、とても奥が深い心の治め方を祖父が母に教えてくれていたお蔭で、母、私、娘と3代にわたって心をたすけてもらったのでした。

娘は、今ではたくさんの友達と楽しい学校生活を送っています。そして辛かった時期を振り返り、「あの時は、友達の大切さを教えてもらったんだな~って、心から感謝してるねん」と言ってくれています。

もしこの祖父の教えがなければ、きっと悪口を言った人を恨んだり、理不尽な出来事を受け入れられず、辛い日々を過ごしていたと思います。到底感謝の気持ちなど持てなかったでしょう。

けれど、教祖の教えには決して人を責めたり、悪者にしたりする教えはありません。「我が身の不徳の致すところ」と捉え、苦しい時こそ自分の通り方を見つめ直すチャンスであると教えて下さっています。

自分は被害者だと、人のせいにして恨んでも自分の心は幸せにはなりません。成ってきた事は、自分の悪いいんねんを切るためにお見せ下さっている事なのだと考えると、心にチカラが湧いてきて、幸せに近づけるように思えます。

こうやって、我が子が心にチカラを取り戻してくれた事は、親として何よりも嬉しい事でした。

私たちが生きていく中には、思いもよらない事が起こり、心が倒れそうになる事があります。先の幸福度調査からも考えられるように、身近な若い世代や子供たちの中には、何か辛い事があっても周りに気軽に相談できる人がなく、一人で抱えて苦しんでいる子が大勢いるのです。そのことを思うと、私たち信仰者ができる事が必ずあると思えてきます。

普段から周りの子供たちや若い世代の人たちとつながり、楽しい事も悲しい事も共有できるような関係でいる事で、何かあった時に「この人なら聞いてくれるだろう」とSOSを出してもらえるような存在になれたらと思っています。

全人類のふるさと「おぢば」があるここ日本から、親神様、教祖にご安心頂けるような世界を目指して、まずは身近なところから心を尽くしていきたいと思います。

 


 

神が連れて通る陽気

 

天理教教祖・中山みき様「おやさま」が説き明かされた、人間創造の「元の理」のお話によれば、人間は親神様によって「知恵の仕込み」と「文字の仕込み」を受け、その中で様々な文明文化を築いてきた。そして、その結果として現在、非常に恵まれた生活を営んでいます。

しかし、教祖はそのような人間の今日の生活を、

 

  このよふハにぎハしくらしいるけれど
  もとをしりたるものハないので (三 92)

 

と表現されています。すなわち、この世の進歩を遂げた、ものに恵まれた生活も、実はその元を知らないまま営まれているものだとの仰せです。

親神様が私たちにお望み下さる「陽気ぐらし」とは、この「賑わし暮らし」とはまったく次元の異なるものです。いち家庭が円満で、夫婦、親子仲良く幸せに暮らし、休日にはレジャーを楽しむような生活も、確かに「陽気ぐらし」の一部ではあるでしょう。しかし、これではまだ「賑わし暮らし」のレベルの話です。

お言葉にも、

 

「さあ/\陽気遊びというは、よう聞き分け。陽気遊びと言えば、今日もあちらへ遊び行く、何を見に行く。陽気遊びとは、目に見えたる事とはころっと格段が違うで」(M23・6・20)

 

とあります。

つまり、陽気ぐらし、陽気遊びとは、物見遊山の楽しみでもなければ、賑やかなレジャーや旅行でもないのです。そういった目に見える次元とは全く異なる、目に見えない心の持ち方に関するものなのです。

次のようなお言葉があります。

 

「神が連れて通る陽気と、めん/\勝手の陽気とある。勝手の陽気は通るに通れん。陽気というは、皆んな勇ましてこそ、真の陽気という。めん/\楽しんで、後々の者苦しますようでは、ほんとの陽気とは言えん」(M30・12・11)

 

親神様に連れて通ってもらうためには、私たちが素直に親神様の思いにもたれることが大切です。ただ、「もたれる」と言っても、自分のことを棚上げにして、何でもお願いすればいいということではありません。

身の周りに起こること全てが親神様のお計らいであるという元を知り、その中で生かされていることを自覚し、日々を喜び勇んで通ること。そうした中に、真実の親に手を引いてもらっているという実感が湧いてくる、すなわち「神が連れて通る陽気」を味わうことが出来るのです。

(終)

次回の
更新予定

第1384回2026年5月1日配信

そのひと言があったから

目黒和加子先生
目黒 和加子

文:目黒 和加子

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