第1382回2026年4月17日配信
扉が開いた!
命に関わる病気で苦しむAさん。何とかたすかって頂きたいと、年祭直前、おぢばを目指し新幹線に飛び乗った。
扉が開いた!
福岡県在住 内山 真太朗
私がお預かりしている教会に繋がる、中年男性のAさんが、二年前より命に関わる重い病気となりました。家族や周囲の方々が励まし、看病し、神様にお願いし続けましたが、病状は思わしくなく、Aさんの気持ちもどんどん沈んでいってしまいました。
私は教会長として、ようぼくとして、何とかたすかって頂きたいと、神様にお願いするべく、教祖140年祭がつとめられる直前の一月半ばに、おぢばへ帰らせて頂きました。その日の用事を済ませ九州からの最終の新幹線に飛び乗り、次の日中には九州へ帰るという予定で帰参しました。
本部朝づとめが終わり、これから改めて、親神様がお鎮まりくださるおぢばで、真剣に身上平癒のお願いをさせて頂こう。帰りの時間まで約5時間。どのようにお願いさせて頂こうか思案しました。
人間の身体は親神様からの借り物であり、十全のお働きによってお守り下さっているとお聞かせ頂きます。「そうだ、親神様の十全のお働きには、それぞれに方角がある。その方角で順番におつとめをつとめ、親神様の十全のご守護を祈念しよう」。このように思い定めました。
まずは、「くにとこたちのみこと 人間身の内の眼うるおい、世界では水の守護の理」。方角は北。北礼拝場の一番前の真ん中でおつとめをつとめ、教祖殿、祖霊殿へ移動し、参拝しました。
次に、「をもたりのみこと 人間身の内のぬくみ、世界では火の守護の理」。方角は南。
このように、順番に方角を移動し、おつとめをつとめては、教祖殿、祖霊殿へと参拝に向かう。これを10回繰り返そうとつとめ続けました。
3回目は「くにさづちのみこと 人間身の内の女一の道具、皮つなぎ、世界では万つなぎの守護の理」方角は南東。
4回目は「月よみのみこと 人間身の内の男一の道具、骨つっぱり、世界では万つっぱりの守護の理」方角は北西。
そして次は「くもよみのみこと 人間身の内の飲み食い出入り、世界では水気上げ下げの守護の理」。
今回のAさんの病気は、消化器系の病気でしたので、特にこの「くもよみのみこと様」の方角、東でのおつとめをしっかりつとめたいと思っていました。
ところが、いざつとめようとすると、東礼拝場が急に閉まってしまったのです。なぜ?午前中なのに。聞けば、御簾の付け替えのため、足場などを組んでの作業となるので、安全のため、東礼拝場での参拝はこの時間からしばらくご遠慮頂くとのことでした。
「なぜこのタイミングで?どうしよう、身上たすからんという神様からのメッセージなのだろうか」とも思いましたが、どうでもおたすけ頂きたい。どうしても東礼拝場でおつとめがしたい。自分の中だけでのこだわりかもしれないが、くもよみのみこと様の方角でおつとめをつとめ、何とか神様のお働きを頂戴したい。このような思いから、再び東礼拝場が開くまで、一旦次に行くことにしました。
「かしこねのみこと 人間身の内の息吹き分け、世界では風の守護の理」方角は南西。
「たいしよく天のみこと 出産の時、親と子の胎縁を切り、出直しの時、息を引きとる世話、世界では切ること一切の守護の理」方角は北東。
「をふとのべのみこと 出産の時、親の胎内から子を引き出す世話、世界では引き出し一切の守護の理」方角は西。
そして最後に、「いざなぎのみこと 男雛型・種の理」真北。「いざなみのみこと 女雛型・苗代の理」真南。
こうして、それぞれの方角で親神様のお働きを称え、願い、おつとめをつとめること9回。
残るは、くもよみのみこと様の東。しかし、まだ礼拝場は開かれない。仕方がない。願う心だけでもお受け取り頂きたいとの思いで、最後に東礼拝場の外回廊から、かんろだいに向かって一心に、10回目のお願いづとめをつとめ、10周目の教祖殿、祖霊殿を参拝しました。
帰りの時間までギリギリでしたが、もう少し時間がある。最後に回廊ひのきしんをさせて頂くことにしました。
そして、みかぐらうたを唱和しながら回廊拭きをしていると、それまで閉まっていた東礼拝場の扉が、このタイミングで急に開き始めたのです。
「ありがたい!これで東礼拝場でおつとめをつとめさせて頂ける!」
勇んだ心で回廊ひのきしんを行い、あらためて東礼拝場の一番前の真ん中で、おつとめをつとめさせて頂きました。
これまでの所要約6時間。一心込めてお願いさせて頂き、九州への帰路に着きました。
数日後、それまで、身体がしんどく、命が尽きるのも覚悟していたAさんが、なんと教会祭典の前日ひのきしんをつとめ、祭典当日も明るい顔で参拝に来られたのです。
Aさんは、病床で不思議な体験をした話を聞かせてくれました。
「自分はそれまで、もう死にたい、死んで楽になりたいと思っていた。ところがある晩、夢の中で声がしたんです。『おぢばに帰ってきなさい』と。あの声は間違いなく親神様、教祖の声でした。ですから私、教祖140年祭には何としてもおぢばに帰らせて頂きます」と、元気な声で話してくれました。
何ということ! 『おふでさき』で、「夢でなりともにをいがけ」と記されていますが、神様は夢の中でさえも、その人の心の向きが変わるように働き、お導き下さっているのだと実感しました。
とのよふなむつかしくなるやまいでも
つとめ一ぢよてみなたすかるで (十 20)
一連の出来事を通して、あの時、東礼拝場が開いたのは、ご守護の扉が開いた瞬間だったのではないか。たくさんの人がAさんのたすかりを願って、お願いづとめをつとめ、おさづけを取り次いだ。その真実を神様がお受け取り下さった姿が、Aさんの夢の中に現れたのではないかと思案しました。
そして教祖140年祭当日、Aさんは家族に伴われ、おぢばに帰り、感激の参拝をさせて頂くことが出来ました。
これからも、Aさんをはじめ、事情や身上で苦しむ方々に、教祖から教えて頂いた「つとめ」と「おさづけ」をもって、おたすけの道を歩ませて頂きたいと思います。
陽気ぐらしとは
陽気ぐらしとは、ある事柄についての感情的な喜びや嬉しさに基づく陽気さを意味するものではありません。むしろ、その時その場は浮かばれないような心弾まぬ事柄であっても、その中に込められている親神様の思惑を汲み取って、勇んでいく歩み方を指します。
その歩み方は、教祖・中山みき様「おやさま」が残された、私たちが生きる上での指針とするべき「ひながた」の中に見出すことが出来ます。
嘉永六年のこと、教祖の夫・善兵衛様が出直されたこの年、母屋を売り払われた時の逸話は、まさにこのことをよく物語るものです。教祖の道すがらを記した「教祖伝」には、このように書かれています。
かねて、買手を捜しておられた中山家の母屋も、望む人があって、いよいよ売られる事となった。母屋取毀ちの時、教祖は、「これから、世界のふしんに掛る。祝うて下され」と、仰せられながら、いそいそと、人夫達に酒肴を出された。人々は、このような陽気な家毀ちは初めてや。と、言い合った。(第三章 みちすがら)
通常の人間的な感情から言えば、長年親しんだ母屋を取り壊すことは、心寂しい悲しむべき出来事です。にもかかわらず教祖は、陽気にいそいそとこれに対処されました。
教祖は、難渋を抱える人々に、「ふしから芽が出る」と度々お諭しになりましたが、その通り、夫の出直しという大きなふしから、この教えが伸び広がる先を見据えてのご態度だったのです。何も知らぬ周囲の人々は不思議がりましたが、「世界のふしん」に掛かる第一歩となるのですから、教祖としては当然の勇んだ姿だと言えましょう。
そもそも、陽気な人と言えば、元来朗らかで楽天的な気質の持ち主という風にイメージされますが、それではそのような気質を持たない人は、陽気ぐらしに向かないのでしょうか。
教祖直筆による「おふでさき」に、
月日にわにんけんはじめかけたのわ
よふきゆさんがみたいゆへから (十四 25)
とあるように、私たち一人ひとりには、陽気ぐらしをさせてやりたいという親神様の思いが込められているのです。
真の陽気の在り方とは、誰もが潜在的に持ち合わせているものであり、それは教祖のひながたを頼りに、日々教えを実践していく中に、自然に湧き立ってくるものなのです。
(終)
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