災救隊 自治体の要請受け訓練

■5月28日~/5月29日~

この記事は2013年6月に掲載されたものです。
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東日本大震災から2年3カ月。各自治体が地域の防災計画の見直しや家庭における非常食の準備の呼びかけなどを行う一方、国では先ごろ、「南海トラフ巨大地震」の被害想定を発表した。 こうしたなか、災害救援ひのきしん隊(=災救隊)では、地震や豪雨といった自然災害に見舞われた数多の被災地に駆けつけ、救援活動に取り組んできた過去の経験や実績を生かし、日ごろから行政やボランティア団体と連携しつつ訓練を重ねてきた。 5月29日から31日にかけては、「中国・四国ブロック訓練」を徳島県佐那河内村で実施。一方、兵庫教区隊も同時期に、兵庫県洲本市で訓練を行った。

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緊急道路の復旧に尽力 中国・四国ブロック(5月29日-31日)

この訓練に参加したのは、徳島、高知、愛媛、香川、岡山、広島、鳥取、山口、島根の9教区隊計359人。期間中は、災救隊本部が指揮を執った。 今回の作業は、佐那河内村の山の中腹にある林道の整備と復旧がメーン。谷川の際を縫うように走る全長約620メートルの林道は、本来なら、山火事などが発生した際に緊急車両が走る道。だが、コンクリートの路面が大量の土砂と枝葉に覆われ、道幅は車1台がようやく通れるほど。車線の幅を示す目印がなく目測を誤ると谷に転落する危険があり、谷のそこかしこには倒木が折り重なっていた。 同村では、人口が毎年減少する一方で、緊急道路の復旧に役場の手が回らず、関係者が「長年手つかずの状態で、復旧は無理だと諦めていた」と言うような状態だったという。 隊員たちは、運搬と倒木の撤去に当たったほか、谷の中腹の倒木を伐採した。また、道幅が特に狭く谷沿いの側面が不安定な場所などでは、鉄線で組んだ籠に石を詰めたものを数段重ねで設置して補強した。 3日間の作業で、土砂が堆積していた“泥道”とは打って変わって、元のコンクリート道が現れ、道の端は、倒木や積石を並べて通行の安全を確保。散策コースのような美しい林道がよみがえった。 また期間中、隊員たちは果樹園の下草刈りと雑木伐採にも従事。林道整備と合わせて、運んだ土砂の量は2トントラック40台分と軽トラック10台分、伐採した雑木は約1180本に上った。 [隊員たちは重機を使いながら、約620メートルの林道整備を行った(5月31日、佐那河内村で)]

行政との連携強め 兵庫教区隊(5月28日-30日)

兵庫教区隊は5月28日から30日にかけて、兵庫県洲本市内の2カ所で訓練を実施、158人が参加した。 阪神・淡路大震災をはじめ、平成16年の豪雨や23年の豪雪など、大規模な自然災害にたびたび見舞われている同県。同教区隊では、関係機関と連携した災害救援活動を展開するとともに、訓練を通して“有事”に備えた行政とのつながりを強めてきた。 市の要請を受けた今回の訓練には、井戸敏三・県知事らが結隊式に出席し、これまでの活動に対する謝辞を述べるとともに、今後のさらなる連携強化に期待を寄せた。 第1現場の史跡・白巣城跡地には、隊員約60人が当たった。 標高320メートルの山上に戦国時代の遺構がいまなお残る現場周辺では、2年前の大雨で、長さ約30メートル、幅約15メートルにわたる土砂崩れが発生。隊員たちは、小雨が降るなか、現場斜面に土嚢1700袋を設置し、歩道を覆っていた大量の土砂も重機を駆使して取り除いた。 一方、第2現場の淡路島東岸にある洲本市炬口地区では、隊員約40人が実動。海抜15メートルの高台へと続く、津波発生時の避難路70メートルを整備した。 同地区では、今年4月に震度6弱の地震が発生したばかり。高台への避難路の整備が一刻も早く求められるなか、隊員たちは、さびて古くなった手すりを撤去し、支柱を増やしたステンレス製の手すりを設置。道幅を広げ、階段状の足場も新たに設けた。 [兵庫教区隊の隊員たちは、津波発生時の避難路などを整備した(5月29日、洲本市炬口地区で)]
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