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第1406回2026年10月2日配信

9年目のランドセル

yamasaki
山﨑 石根

文:山﨑 石根

第1249回

まちづくり

PTA会長になったのを機に、地域のまちづくりに参加することに。今までの思いを形にしようと積極的に関わった。

まちづくり

埼玉県在住  関根 健一

 

 

長女が特別支援学校の小学部二年生になる時のこと。妻からこんなことを言われました。

「PTAの役員さんから『会長をやってくれないか』と言われたんだけど、やるなら私よりも夫の方がいいと返事をしたの。話を聞いてみてくれない?」

人前に出ることや、大勢の前で話すことに苦手意識はないので、引き受けること自体に抵抗はなかったのですが、しっかり準備したいので、「一年間は別の役職で関わってからにしたい」とお願いしました。

ところが、聞けば色々と事情があり、どうしても会長をやって欲しいとのことで、PTA活動未経験のまま、会長を拝命することになりました。

PTA会長になると、PTAの活動以外にも様々な役職の依頼が舞い込みます。学校評議員などの学校運営に直接関わるものの他にも、長女が通う特別支援学校が所属する市のPTA連合会や、その他行政や地域の会議など、結構な数の参加依頼がありました。

こういった役職は「充て職」などと言われ、PTAの役員を引き受ける際の「デメリット」として語られることがあります。

実際、人数を揃えることだけが目的ではないかと感じるものや、市民から意見を聞いているというポーズのためではないか、と感じる会議も少なくありませんでした。しかし、中には楽しい企画を考える会議があったり、話し合いの場で出席者同士が意気投合したりと、充て職を引き受けて役得と感じたことも多々ありました。

例えば、私たちが暮らす街について、数年先のビジョンを話し合う会議がありました。予算の話など現実的な課題もありますが、出席者同士が夢を持って街のことを語り合ったり、行政が行うまちづくりの基本的な仕組みを知ることができたりと、とても有意義な会議でした。

そうした会議に参加すると、この街に愛着を持って活動している方々にお会いし、話しを聞く機会ができます。それぞれ立場や考え方は違えども、地元を盛り上げようという思いを持って行動している人の話しには大いに刺激を受けます。

そんな中で、地元の公民館の職員さんから「運営審議会の委員をやってくれませんか?」とのお話しを頂きました。

よくよく伺うと、すぐ近所に住む先輩が六年の任期を終えるにあたり、私のPTA会長としての経験を買って、後任に指名してくださったとのこと。今までの実績を評価されたことが嬉しく、喜んで引き受けました。

ただ、こうした行政の役職は、流れに身を任せているだけでは何も面白いことは起きません。せっかくなので、就任早々、今まで温めていた思いを形にするために動き出しました。

市の公民館の使用については、営利活動の禁止や、団体登録が必要になるなど、法律や条例によって様々な規則があります。それ故に「ルールが多くて使いにくい」と思う人も多く、特に子育て中の親世代にはその傾向が顕著でした。そこで、子育て中の親とその子どもたちが楽しめるように、公民館で毎月一回、コーヒーを淹れて振る舞うイベントを始めました。

公民館での広報だけでなく、SNSで情報を発信するようになると、ターゲットの親世代が噂を聞きつけ、回を追うごとに参加者が増えていきました。次第に一緒に活動したいという人も集まってきて、夏には公民館でビアガーデンを開いて、その売り上げで資材を買い、子どもたちと一緒にDIYで公民館の中庭をリノベーションするイベントなどを行いました。

こうした活動は、近隣でまちづくりをしている人たちの耳にも入り、新聞の地方版にも掲載され、また、雑誌の取材を受けたり、まちづくりのイベントで登壇もさせて頂きました。

私自身はただ楽しいことをやっているという感覚ですが、周囲からは「地元のために自分の時間を使って偉いね」と褒めて頂きます。実は、私がまちづくりの活動をするのには二つの理由があります。

一つは障害のある長女のためです。長女が生まれてから、この街が車椅子で生活する彼女にとって住みやすい街であって欲しいという思いは、一貫して変わりません。しかし、そうした思いをストレートに訴え続けると、個人的なエゴのように映ってしまう場合があります。

ですから、私は長女のためのまちづくりを「砂金採り」のようなものだと考えています。砂の中にわずかに含まれている砂金は、それだけを摘もうとしても駄目で、砂金がありそうな場所一帯を大きくザルですくい上げて、その中から探し出します。

これと同じく、全体をザルですくい上げるように街を良くすることを目指していけば、きっと障害のある長女にとっても住みやすい街になっていくと信じています。

もう一つの理由は、次女が中学生の時に言った一言でした。

「この街って、ららぽーと以外、何もないよね」

初めは県内でも有数の商業施設ができたことを喜んでいた次女でしたが、この街にはそれ以外に自慢できるものがないと言うのです。それを聞いた時、少しショックでしたが、私も中学生の頃は、やはり同じように「何もない街だなあ」と思っていたものです。しかし、今の自分は胸を張って「この街が好きだ」と言えます。

娘たちがいつか、「この街で生まれ育ってよかった」と言ってくれる日が来るように、そして、障害のある人や、どんな境遇の人でも、誰もが住みやすい街になるように、自分にできることをやっていこうと思います。

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