(ラジオ天理教の時間)
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第1180回2022年5月28日・29日放送

安心感は足元にある

宇田まゆみ
宇田 まゆみ

文:宇田 まゆみ

第1154回

喜びをさがすメガネ

長男は三歳で弱視と診断された。これも神様からのお知らせであると受け止め、家族皆で支えていく日々が始まった。

喜びをさがすメガネ

 岡山県在住  山﨑 石根

 

先日、中学三年生になる長男の、年に一度の眼科の通院に付き添いました。ただ、私は毎年お医者さんがしてくださる症状についての説明を、いつもよく理解できないのです。今回も唯一分かったのは、「メガネをかけ続ける必要がある」ということだけでした。

病院からの帰り道、「ああ、何回聞いてもやっぱり分からんなあ」とため息を吐くと、「え?分かったような顔しとったがあ」と息子から言われてしまいました。

目の仕組みが未だによく分からない自分を恥ずかしく感じながらも、一つだけ分かっていることがありました。それは、子どもの病気には、それを通して親である私たちを成長させたいとの神様の思いがあるということ、信仰者としてこれだけは間違いないという確信がありました。

長男の目の異変に気が付いたのは、本人が三歳の時でした。保育園の先生から「時々、寄り目になることがあるから、一度診てもらっては」との助言を受け、眼科を受診しました。すると、片方の目だけ視力の発達が十分でなく、弱視と診断されました。

最初に通院した眼科で、「お子さんが見ている世界はこんな感じですよ」と、牛乳瓶の底のような分厚いレンズ越しの世界を見せられた妻は、その場で腰を抜かしそうになったと言います。

息子は絵を描くことが得意だと保育園で褒められていたので、にわかには信じられませんでした。ミニカーのおもちゃが大好きな彼が、「将来、運転免許の取得はあきらめたほうがいいですね」と言われた現実に胸が苦しくなり、すがる思いで大きな病院も受診しましたが、結果は一緒でした。

ようやく彼の目の病気を受け入れようと決心した私たちは、同居する両親も含め、みんなで支えていこうと話し合い、彼を応援する日々が始まりました。本人も幼いながらメガネをかけて日常生活を送るようになり、視力を伸ばすために、良いほうの目をアイパッチという眼帯で覆って片目だけで生活するなど、一生懸命努力しました。結婚前からコンタクトを使用していた妻は、「この子の不自由さを一緒に分かち合いたい」との思いから、メガネをかけるようになりました。

また、何より私たちには信仰がありますので、病の平癒を願う「おさづけ」を毎朝取り次ぎました。これは小学校に上がっても、中学生になっても毎朝続け、私が不在の時は妻が取り次ぎました。

本人の努力と神様の大きなご守護により、視力はどんどん回復し、ほどなくして弱視は治ったのですが、お医者さんの説明によると、「遠視による調節性内斜視」がまだ残っているので、そのための経過観察、ならびにメガネ着用による治療が必要とのことでした。

この辺りの詳しい説明を何度聞いても、恥ずかしながら私はチンプンカンプンなのです。しかし、逆に言えば、目が見えるという機能には簡単には理解できない仕組みがあるということで、私たちの目はこんなにも素晴らしいご守護を神様から頂戴しているのだと、あらためて気づかせてもらえたという一面もありました。

私たち親にとって、息子の病気はありがたい経験となりました。元来、私たちは不足が多い夫婦で、何とか教え通りに喜んで通りたいという思いから、長男の名前には「喜び」という字をつけました。にもかかわらず、彼の目に病気をもらったということは、見える世界にとらわれて、目に見えない神様のご守護を喜ぶことを怠っていたのではないかと、当時は反省しきりでした。

以来、不足がなくなったかと言えば、そんなことはありませんが、毎日彼の目におさづけを取り次ぐ度に、きちんと喜べているか、思い返すことができていたのです。

そして先日、息子は15歳の誕生日を迎えました。
天理教では、

「小人々々は十五才までは親の心通りの守護と聞かし、十五才以上は皆めん/\の心通りや」(「おさしづ」M21.8.30

と聞かせて頂きます。

15歳までの子どもの病気は親のさんげであり、15歳からは自分の責任であるとの教えです。決して親としての責任を放棄する訳ではなく、15歳の誕生日という節目をもって、おさづけの取り次ぎを一時やめることにした私は、このお言葉を彼に伝え、次のような話をしました。

「目におさづけを取り次ぐのは今日が最後になるけれど、これからはあんた自身が一人の大人として、日々、ご守護をいただいている目で喜びを探す人生を送って欲しいと思う」

親として、教会長として、素直な気持ちを伝えました。

不足上手である私たち夫婦は、毎日子どもと共に「いいこと探し」を通して、日常の中にある喜びを見つける努力をしています。また時々、お互いの良いところを家族全員で思いつくだけ伝え合う、「いいところ探し大会」も開催します。これらは、喜びを探すのが苦手な私たちにとって、トレーニングのようなものなのです。

ある日の「いいところ探し大会」です。

「じゃあ、ととのいいところは?」
との問いに、長男がひと言。
「分かっていなくても、分かっている顔ができるところ!」

そうきたか…!

どうやら長男は、人の良いところを探すのが得意なようです。息子よ、人生、喜べることばかりではないけれど、ガンバレ!

 


 

あの菓子をお買い

 

常に人を喜ばせ、勇ませる、真に明るい通り方。陽気ぐらしへとつながるひながたを、身を以てお示しくだされた天理教教祖・中山みき様「おやさま」。そのご態度は、警察に拘留されるという厳しい場面においても、何ら変わることはありませんでした。

教祖の道すがらを記した『教祖伝』には、次のように記されています。

 

厳しい徹夜(よどおし)の取調べが済んで、まどろまれる暇(いとま)も無く、やがて夜が明けて、太陽が東の空に上った。が、見張りの巡査は、うつらうつらと居眠りをしている。巡査の机の上につけてあるランプは、尚も薄ぼんやりと灯り続けている。

教祖は、つと立って、ランプに近づき、フッと灯を吹き消された。この気配に驚いて目を醒ました巡査が、あわてて、婆さん、何する。と、怒鳴ると、教祖は、にこにこなされて、

「お日様がお上りになって居ますに、灯がついてあります。勿体ないから消しました」と、仰せられた。(教祖伝第九章「御苦労」より)

 

たとえわずかな明かりであっても、神様の大いなるご守護によるもの。そのご恩を片時も忘れてはならないと、優しくお示しくだされています。

また、同じ拘留の場面では、付き添っていた孫のひささんとの、こんなやりとりも伝えられています。

 

ある日、菓子売りの通るのを御覧になって、

「ひさや、あの菓子をお買い」
と、仰せられた。何なさりますか。と、伺うと、

「あの巡査退屈して眠って御座るから、あげたいのや」
と、仰せられたので、ここは、警察で御座りますから、買う事出来ません。と答えると、

「そうかや」
と、仰せられて、それから後は、何とも仰せられなかった。(教祖伝第九章「御苦労」より)

 

この時の十二日間の拘留は、明治十九年、教祖八十九歳の年。しかも、三十年来の寒い冬のことでした。そんな厳しい状況の中、見張りの巡査に対してさえ、いたわりの心を忘れることはありません。それもそのはず、教祖は次のようなお言葉を残されています。

この家へやって来る者に、喜ばさずには一人もかえされん。親のたあには、世界中の人間は皆子供である」(教祖伝第三章「みちすがら」より)

いつでも誰にも、尽きない親心。教祖こそ、私たち人類の親であらせられるのです。

(終)

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