(天理教の時間)
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第1275回2024年3月29日配信

年末に続いた子供の風邪

岡先生(掲載)
岡 定紀

文:岡 定紀

第1127回

逆転の夏

先輩医師が書いた「逆転の夏」という小冊子。医師として、信仰者として「おたすけ」に励む姿が記録されていた。

逆転の夏

 奈良県在住・医師  友永 轟

 

同じ天理教の信仰を持つ医療従事者が集う、「道の医療者の会」が休眠して、もう20年が経ちました。その頃の書類をひっくり返して見ていたら、「逆転の夏」という小冊子が出てきました。

これは私の大学の先輩医師が書かれたものです。先輩のお母さんはとても熱心な布教師で、信仰に一生を捧げられた方でした。当時この先輩は、大阪市内の病院で院長をされており、新しい病院へと改革を目指しているところでした。

そんな時、長年苦楽を共にした総婦長さんが53歳で希望退職することになりました。彼女はそれまでの六年間、大腸がんである事を隠し通し、勤務や対外活動などを懸命に続けておられました。少し痩せてきたようだ、体調が良くないのではと受診を勧められ、退職直前になってやっと検査を受ける決心がつき、先輩に診てもらうことになりました。

お腹を触診すると、5センチぐらいのかたまり、いわゆる腫瘤(しゅりゅう)が見つかり、大きさが大きさなだけに、手術が必要だと判断されました。この事実を職員仲間に知られたくないという本人の強い意向で、先輩は、天理よろづ相談所病院「憩の家」にいる知り合いの外科医を紹介しました。

診断結果は、やはり進行した大腸がんでした。大腸からの出血による強い貧血があり、腫瘤のために大腸がふさがり、腸閉塞になりかけていました。職場には急用で実家へ帰ったことにして、内密に入院することになりました。

先輩はここからが大変でした。ほとんど縁のない病院での手術ですから、いくら医者でも紹介したあとは何もしてあげることができません。総婦長さんは、入院してからも腹痛や発熱、貧血の症状が続き、手術当日まで辛い絶食の日々を過ごしました。

手術の前日、先輩は仕事の帰りに総婦長さんを見舞い、天理教のハッピを着て、病の平癒を願う「おさづけ」を取り次ぎました。総婦長さんは天理教の信仰はありませんが、その日の日記には「天理教の『おたすけ』をしてもらった」と書かれています。

付き添っていた娘さんは、「母が受け入れるなら、何も自分が反対することはないけど…」と言いながら、充分には納得のいかない表情だったとか。

おさづけを取り次いだ先輩自身も、「自分のエゴイズムもあるかもしれない」と思いながら、取り次ぎをしたそうです。

手術を終えた後、主治医の先生が家族に結果を説明しました。摘出したこぶし大ほどもある腫瘤を見せながら、「リンパ節転移や腹膜への浸潤もあり、化学療法も放射線治療もできない。半年は持たないでしょう」。

総婦長さん本人は死を覚悟し、できれば自宅で死にたい、それまでは先輩の訪問診療を受けたいと希望しました。その後も先輩は毎日のように病院を見舞い、おさづけを取り次ぎました。そばにいた娘さんは、黒いハッピ姿で手を合わせて祈る印象から、「陰陽師のおたすけ」と記録していたようです。

手術後の経過は順調で、一週間後には重湯から流動食になり、アイスクリームも楽しめるようになるまで回復しました。先輩はこの間も、毎日のようにおさづけの取り次ぎを続けました。患者さん本人は、日記に「陰陽師現れる。黒いハッピをまとい『おたすけ』感謝、感謝」と記しています。

退院の時には、生前葬を行うことまで考えていたようですが、驚くほどの回復ぶりで、ついには訪問看護の仕事に復帰することができました。先輩のおたすけに何かを感じたのか、天理に通院する度に神殿へ参拝するようになり、それから三年間、看護師としての仕事を全うしながら最期の時を過ごしました。

私は子供の頃から、何かある度に両親のおさづけによってたすけられ、育ってきました。おさづけがなければ、今の私はないと思っています。もちろん自分自身で人様に取り次ぐこともありました。医学部生の頃、父に信者さんのおたすけをするように言われ、取り次がせていただいたこともあります。

しかし、医者になってからは、何の治療行為もしないうちにおさづけを取り次ぐことで、かえって患者さんに絶望感を与えてしまうのではないか、との思いから、どうしても引っ込み思案になり、取り次ぎは数えるほどしかありませんでした。

先輩も、信仰家庭で育ち、幼少の頃から同じような思いが染みついていたことでしょう。これはあくまで私の推測ですが、おそらく医者になってからは、おさづけから遠ざかっていたのではないかと思います。

それでも、総婦長さんのもとへ足繁く見舞い、おさづけの取り次ぎを実行し、患者さん自身とご家族に喜んで受け入れてもらえるまで、心を込めて努力されたのです。これこそ、たすかってもらいたいという「真の誠」が込められた姿であったと思います。

その結果として、「逆転の夏」という表題の通り、絶望が大きな希望へと転換した姿を、神様からお見せいただいたのではないでしょうか。

山本周五郎の小説をもとに、たびたびドラマ化されている「赤ひげ」は、皆さんよくご存じでしょう。私もファンでよく見ておりました。

そのドラマの中で、貧しい母親と子供たちが家族で心中を図る場面があります。そのうちの一人の男の子がたすかるかも知れないと、医師たちは懸命になります。療養所の女性たちは、井戸の底に向かって名前を呼べば、あの世へ行ってしまった人を呼び戻せるという言い伝えを信じ、男の子の名前を懸命に呼びかけます。必死になって声をあげるシーンが、いつまでも私の頭に焼き付いています。

私は、おさづけというのは、何とかこの人にたすかって欲しいと願う人たちの心の誠が、行動になって現れた姿だと思います。もちろん、信仰者として教理を学ぶことも大切ですが、必死になって人のために祈る誠の心こそ欠かせないものであることを、先輩のおたすけを知って一層確信したのです。

おさづけは決して病む人のためだけではなく、誠を尽くして取り次ぐことで、結果として自身の心の成人にもつながる、神様からの大切な授かりものだと思います。

 


 
人をたすける心

 

幸せとは何か、という問いに対する答えは一つではありません。人はみなそれぞれに、幸せな人生を夢見て精いっぱい努力しているのです。

天理教教祖・中山みき様「おやさま」は、次のようなおうたによって、それまでの、人々の人生における思案の方法について、一大転換を促されています。

 いまゝでハせかいぢううハ一れつに
 めゑ/\しやんをしてわいれども(「おふでさき」十二 89)

 なさけないとのよにしやんしたとても
 人をたすける心ないので(十二 90

 これからハ月日たのみや一れつわ
 心しいかりいれかゑてくれ十二 91

「今までのところ、世界中の人間は、それぞれみな一様に幸せへの道を求めて、色々に思案をしてきている。ところが情けないことに、どれほど一生懸命考えたとしても、ただ自分の幸せを追い求めるだけで、人をたすけようとする心を持っていない。そこで、すべての人間を可愛い我が子と思う親の立場からの頼みである。どうかこれから、人をたすける心になるよう、しっかり心を入れ替えてもらいたい」

私たちが自分自身の生活を充実させようとするのは、きわめて自然なことです。日々の暮らしを豊かに送るための努力は、ある意味、与えられた人生に対する誠実さの証しと言えるでしょう。

しかし、ここで忘れてはならないのは、他の人の人生も同じようにあるということです。自分以外の人も、自分と同じように一生懸命生きているという認識です。それを欠いた思案をいくら重ねても、努力をどれほど積み上げても、決して多くの実りを得ることはできません。

私たちはみな等しく神様によって創られ、お育ていただいている「神の子」であるということ。その自覚の上に立って、すべての人間を我が子と思召される神様のお心を知れば、人の人生と自分の人生の重みには何ら変わりのないことが実感されてくるでしょう。

人の痛みを知り、人のために尽くそうとする心は、そうした実感に根付いてこそ、育っていくと思うのです。

(終)

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