
人間の幸せって何だろう?
若いころには考えたこともなかったのですが、結婚して子供を授かり、小さな生命の成長を見守るようになって、深く考えるようになりました。
勉強をして、優秀な学校へ進学し、安定した就職先を見つけてほしい。企業家として成功すると見栄えは良いけれども、リスクが大きい。失敗をすれば、大きな負債を抱えることもあるでしょう。スポーツ選手は華やかですが、けがが心配です。
このように考えていると、いつしか本人の幸せではなく、自分が心配しないで済むような未来を夢想していることに気が付いて、苦笑することがあります。その人が幸せであるかどうかは、その当人だけが判断できることなのに……。
それでは、本当の幸せとは、どのようなものなのでしょうか。人間にとって、決して答えを見つけられない問いの一つでしょうが、「おさしづ」の中には、自分なりの回答を得るためのヒントが散りばめられています。今回のお言葉も、その一つではないでしょうか。
「ほんに日々の処こう暮らさして下さる、あゝ結構な事、と思て暮らすよ」
「おさしづ」を拝読していて、このお言葉を目にしたとき、こうした生き方の基準を子供たちに伝えていく(というより、まず自分が身に付ける)ことが、何より大切だと感じました。
このようなお言葉が、自然に感じられるような毎日を送る。そんな人生を可能にしてくれるのが、この道の信仰なのです。(岡)