
休日の朝、何げなく窓から外を眺めていると、草むらの真ん中に、小さな背中がモゾモゾと動いています。窓越しに声をかけると、小学生の娘がニコニコしながら返事をしました。ハンカチに色染めをするために、「露草」を摘んでいるのです。
摘んできた露草の花びらをすり潰し、古くなって少し赤茶けた、もとは白いハンカチに塗りつける(浸すほどの量は採れません)と、鮮やかな藍色に染まりました。
お茶やジュースを拭き取ったときに染みつく色とは違って、染色した布地の色は、洗濯しても水にさらしても消えることはありません。今回のお言葉を拝読して、露草で染めたハンカチの深い藍色を思い出しました。
「言うたばかりではならん。理に染まらねば遂に淡うなる理でならん」
教祖を通して伝えられた親神様の教えは、単に言葉で理解するためだけの理論ではありません。言葉で理解するだけでは、人生も運命も生き方も変わらないでしょう。
教えを学ぶだけではなく、教えの「理に染まる」生き方ができるようになったとき、この教えを信じて生きることの意味を、本当に感じることができるのではないでしょうか。
華やかさはありませんが、清楚で深みのある露草の藍色を見ていると、なぜか不思議に心が落ち着きます。(岡)