子供のころ、何か間違ったことをして叱られたときに、よくこう言われました。
「胸に手を当てて、じっくりと考えてごらん」
胸に手を当てると、いったい何が分かるのでしょうか。心を落ち着けて自分の行動を振り返ってみると、いま自分がここに立っている、あるいは立たされていることの理由について、これまでとは違った角度から考えることができます。
腹を立てたり、クヨクヨしたり、自分の都合だけで判断したりしていた事柄について、周囲の人たちの気持ちや状況を含めた、広い視野から見つめ直すことができるようになるのです。さらには、自分自身にしか分からない、心の中にある要因についても考えられるようになります。
「神の道は胸の道。世上の道はどんな事して居ても、目にさえ見えねば通りて行ける。なれど胸の道は、皆身に掛かる」
大人になって、叱ってくれる人は周りに少なくなりました。しかし一方で、胸に手を当てて考える機会は、むしろ増えているような気がします。「自分はいま、なぜこの場所で、このような状況に直面しているのか?」と。
答えが見つからないときには、教会へ参拝して、じっくり考えてみましょう。私たちには、自分自身を見つめ直すための考え方の筋道も、考えるための場所も与えられているのですから。(岡)