おやのことば 3月19日

世の中には、いつも「苦労」の絶えない人がいます。一難去ってまた一難、一つの問題が解決したと思ったら、また次のことが気に掛かる。いったい、いつになったらゆっくりできるのでしょう。

そろそろ卒業と入学のシーズンがやって来ますが、この季節はまた、転勤や人事異動の多い時期でもあります。新しい人々に出会い、新しい環境に慣れる努力をする。ようやく落ち着いてくると、今度は職場や地域のこと、家族や友人との人間関係といった、これまで気が付かなかったようなことが、心配になってきます。苦労の絶えない毎日ですが、この「苦労」の源は、どこにあるのでしょうか?

「又しても苦労は、心で苦労して居たのや。楽しみ、心改めたら苦労あろうまい」

このお言葉を心におさめて、もう一度周囲を見回してみましょう。新しい人との出会いや環境の変化は、本当につらいことでしょうか。仕事に満足できないのは、なぜなのでしょう。成長した子供は、そんなに変わってしまったのですか。目を凝らして、もっとよく見てほしい。

見えている世界ではなく、見ている自分を変えない限り、「苦労」が無くなることはありません。人との出会いや環境の変化、年齢を重ねて成長するといったことは、言葉を換えれば、「生きる」ということでもあるからです。

それでは、「生きる」ことを楽しむためには、どうすればよいのでしょうか。このお言葉の後には、「分かったら、日々飲んだり着たり、いつ\まで楽しみ」とあります。教祖を通して伝えられた親神様のメッセージには、このような生き方を可能にするヒントがあふれています。そのことを忘れないでください。(岡)

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