
久しぶりに、移動中の列車内で原稿を書いています。
窓の外には見知らぬ街並みが続き、無数の建物が次々と目の前を通り過ぎていきます。
この一軒一軒にそれぞれの家庭があり、それぞれの人間ドラマがあるのでしょう。夕方になると、窓から漏れ出てくる室内の明かりに人々の生活を一層感じるようになります。
いま視界から消え去った、あの大きなマンションには、いったい、何人の人が住んでいるのでしょうか。
「何処に居ても月日の身の内や。何処に居るのも同じ事、誠の心一つや」
知らない土地――特に大都会――を歩いていると、時々、映画のセットの中に入れられたような、奇妙な感覚にとらわれます。大通りを無言で足早に通り過ぎていく人々には、あまり生気が感じられません。
それでも、一つひとつの路地には人々の生活があり、路地に面した扉を開ければ、一人ひとりの人生がある。世界の隅々にまで、親神様のご守護は行き届いているのです。
どこに居ても変わらない親神様のご守護は、どこに居ても変わらずに受けとめたいものです。
突然、隣席の老婦人から降車すべき駅と路線について尋ねられました。不慣れな土地ですが、その駅は降りたことがあります。できるだけ丁寧に、伝えられることを伝えたいと思います。 (岡)
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