第1404回2026年9月18日配信
「どうして天理教をやっているの?」
6歳の娘から「どうして天理教をやっているの?」と突然の質問。信仰の喜びを伝える絶好のチャンスだが…。
「どうして天理教をやっているの?」
千葉県在住 中臺 眞治
先日、6歳の娘が「ねえ、お父さん。お父さんはどうして天理教をやっているの?」と尋ねてきました。
なぜ突然そんな疑問を持ったのかは分かりませんが、私にとっては信仰の喜びを伝える絶好のチャンスです。しかし、相手はまだ6歳。できるだけ分かりやすく、短い言葉で伝えなければなりません。「何と伝えたらいいだろう?」。頭の中であれこれ考えながら、私はこう答えました。
「お父さんはね、天理教を信仰しているおかげで、神様に愛されているなあって感じられるようになったんだよ。その喜びがあるから、人とたすけ合って生きていこうと思えるし、そういう人生を、いい人生だなあって感じているんだよ。りっちゃんも、神様に愛されているなあって感じるでしょ?」
すると娘は、「うん! じゃあ、りっちゃんは大きくなったらパン屋さんとケーキ屋さんとアイス屋さんをやるけど、お休みの日は天理教やる!」と、嬉しそうに答えてくれました。
私の思いがどこまで伝わったのかは分かりませんし、どんな答えが正解というものでもないでしょう。ただ自分が感じていることを、相手に伝わるように精いっぱい言葉にしてみる。そのこと自体が大切なのだと、改めて感じた出来事でした。
そして、この出来事を通して、信仰を伝えることの難しさについても考えさせられました。最近は、「一分でわかる」「一言で説明できる」そんなことが求められる時代です。信仰についても、もっと分かりやすく、短い言葉で伝えられたらと思うことがあります。しかし、「分かりやすさ」だけでは信仰の本質は伝わりません。なぜなら、信仰が向き合っているのは、人の人生そのものだからです。
人生には、「なぜこんなことが自分に起きたのか」「なぜ大切な人を失わなければならなかったのか」「なぜ努力しても報われないのか」といった苦しみがあります。そうした問題は、分かりやすい言葉だけで納得できるものではありません。
また、「人をたすけましょう」「感謝しましょう」というのは、とても分かりやすい言葉です。しかし、本当に難しいのは、「なぜ人をたすけるのか」「たすけようとして傷ついた時、それでもなお、たすけるとはどういうことか」「感謝できない出来事をどう受け止めるのか」という問いを、自分自身の人生を通して求め続けることなのだと思います。
私にも、その答えを見つけられず、苦しんだ時期がありました。若い頃、教会で様々な困難を抱えた人たちを預かっていたのですが、当時の私は独り身で、その人たちのお世話や介護を一人で担っていました。
「たすかって頂きたい」という思いだけで走り続けていましたが、現実は思うようになりません。どれだけ力を尽くしても問題が次々に起こり、無力さを痛感する日々でした。生活も決して楽ではなく、だんだんと限界を感じるようになり、夜眠る時に「どうか明日、目が覚めませんように」と祈る日々が続きました。
今振り返れば、あの頃の私は一人で頑張っているつもりでした。しかし実際には、多くの方が私の話を聞いて下さり、励ましの言葉を掛けて下さいました。あの時の私は、そのことに気づく余裕さえなかったのだと思います。
しかし、そうした日々を通る中、ある日のおぢばがえりが転機となりました。神殿で祈り、すがる思いで神様に苦しみを打ち明けているうちに、ふと私の心に浮かんだのは、「神様によってたすけられ、守られながら、生かされて生きているお互いなのだ」という喜びでした。
そして、人をたすけようとしていたつもりの私自身が、実は神様にたすけられているのだと気づいた時、「人をたすけて我が身たすかる」という教えの意味が、少し分かったような気がしたのです。
この出来事以降、問題が起きなくなったわけではありません。しかし、以前のように思い詰めてしまうことはなくなり、色んな方と一緒に生きることを面白いと感じられるようになっていきました。
あの日、娘に「どうして天理教をやっているの?」と尋ねられたことで、私自身、改めてその答えを考えることが出来ました。
今もまだ分からないことはたくさんあります。それでも、信仰のある暮らしは面白いと思っています。神様に生かされ、そのあたたかい親心を感じながら歩める喜びがあるからです。
だから子供たちにも、自分で歩みたいと思う日が来るまで、この喜びを少しずつ伝えていけたらと思っています。
「はたらく」とは
現代に残されている教祖の数々の逸話の中に、「三つの宝」というお話があります。
あるとき教祖は、大工の飯降伊蔵さんに掌を拡げるよう促され、籾を三粒持って、「これは朝起き、これは正直、これは働きやで」と仰せになり、一粒ずつ伊蔵さんの掌の上に載せられました。そのうえで、「この三つを、しっかり握って、失わんようにせにゃいかんで」と仰せられました。
伊蔵さんは、この教えを生涯守って通られましたが、現代に生きる私たちにとっても、「朝起き、正直、働き」は、まさに日常生活で心がけるべき信仰の要であると言えます。
また、そのうちの一つ「働き」について、教祖は、「もう少し、もう少しと、働いた上に働くのは、欲ではなく、真実の働きやで」と仰せになり、さらに「働くというのは、はたはたの者を楽にするから、はたらく(側楽)と言うのや」とも教えられています。
この「はたらく」ことの具体的なありようを、教祖は口でお説きになるだけでなく、実際に身に行って示されました。明治十三年にお屋敷へ引き寄せられ、長らく教祖のお側でお仕えした山澤ひささんは、晩年、在りし日の教祖のお姿を生き生きと回想しています。
「教祖は、非常にご器用なお方であらせられました。ある時はお徒然のままに布屑を縫い合わせては、鶏や蝉をお作りになったこともございます。しかも、その鶏をお作りになる時は、庭に遊んでいる鶏の姿をご覧になり、蝉をお作りになる時は、蝉を笊の中に伏せてこれをご覧になるのでした。
それにつけて思い出しますのは、ある時、虎をお作り遊ばされたことがありますが、それは襖の虎の絵をご覧になってでありました。そしてその時、教祖は「生きた虎を一度見たいものやなあ!」と仰せられたことがございます。
かように教祖は、お暇があると屹度、何かお手をお働かせてくだされていたのであります。そして少しの時間も、無駄にはお過ごしにならなかったのであります。
教祖が機織りを遊ばされたり、いろいろな生物の形をお作りになりましたのは、決してご自分のためや、ご自分のなぐさみにされたのではなく、これを人々におあげになって、人々を喜ばすためであらせられたのであります。すなわち、教祖のお働きの内には、常に人々を喜ばせ満足さすというお慈愛のお心が籠っていたのでございます。」
教祖は、いついかなるときも、ひたすら人々に与え尽くしてお通りになり、人の喜びを我が喜びとされました。お手作りの品々は、いずれも人間として「はたらく」ことの深い意味合いを、いまを生きる私たちにお伝え下さっています。
(終)
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