第1292回2024年7月26日配信
幸せを求める心
幸せな暮らしを求め、日々よい種をまいていく。ある一流アスリートの日常から、そして神様のお言葉から学ぶ。
幸せを求める心
大阪府在住 山本 達則
あるテレビ番組で、一人のアスリートについて特集していました。現在も世界の表舞台で活躍されている方ですが、そのアスリートの日常を良く知る方がインタビューに答えていました。
「彼が一番優れているところは、どこでしょうか?」という質問に対して、その方は「自分自身が今、必要としている事以外に惑わされない強い心だと思います」と答え、食事を例にあげました。
今、自分自身がアスリートとして食べるべき物は何かを常に考えながら、食事をとる。もちろん人間ですから、好きな食べ物や飲み物も当然あります。多くの人は「今日ぐらいいいだろう、少しぐらいはいいだろう」と栄養を考慮せずに好きな物を口にし、自分に癒しを与えますが、彼は妥協をしません。
またアスリートといえども、時には競技から離れて、友人たちとお酒を飲みながら開放感を味わいたいと思うこともあるでしょう。しかし、常にアスリートとしての最高の結果を求める彼は、友人たちと楽しく過ごす時間を少しでも身体を休めるための睡眠に当て、必要以上にそういった場に参加することはありません。
プロスポーツの世界で活躍できる人は、選ばれし才能をすでに持ち合わせている人たちですが、その中でも彼がさらに優れている点は、「求める力の強さとその実行力」、そして「求める姿のために費やす時間のかけ方」である、と結んでいたのが印象的でした。
つまり、自分自身の行動の結果が、今の姿を形づくっているということでしょうか。
神様のお言葉に、「善い事すれば善い理が回る、悪しきは悪しきの理が回る。(中略)理は見えねど、皆帳面に付けてあるのも同じ事、月々年々余れば返やす、足らねば貰う。平均勘定はちゃんと付く」とあります。(M25・1・13)
世界中の人々に対して、その姿をすべて見通しておられる神様の目は、絶対的に平等であるということ。善き事をすれば善き結果が表れ、悪い事をすれば、悪い結果として表れてくる、と教えられます。
私たちは誰しも家族が健康に恵まれ、幸せな毎日を過ごすことを望んでいます。しかし、現実には少なからず不安や不満を抱えながら日々を暮らしている人が多いのではないでしょうか。
日々、自分自身の成したことが結果として返ってくる。このことに気づく必要があると、神様は教えてくださっているのです。
50%の力で投げれば、50%の結果として自分の手元に返ってきます。100%の力で投げれば、100%の結果として返ってきます。
しかし、私たちは時に、50%の力で投げながら、100%の結果を待っていることがあります。極端に言えば、何も投げていないうちから、与えを待っていることさえあるかも知れません。
神様は、「まいたる種は皆生える」と教えられますが、裏を返せば、何事も種をまかずして、芽生えを見ることはできないのです。
現在、世界には80億人の人々が暮らし、80億通りの「幸せを求める心」があります。自分だけの幸せを求める種は、神様から見れば良い種ではないかもしれません。なぜなら、神様は世界中の人々を絶対的に平等な目でご覧になっているからです。
世界中の人々の幸せまで考えを及ぼすのは難しいかもしれませんが、せめて家族はもちろん、身近な周囲の人々の幸せを考えながら、それに向けて自らの行動を変えていくこと。これが良い種まきとなり、ひいては喜びの芽生えにつながるのではないかと思います。
目の前に起こる事柄に対して、それをどのように考えるか、またそれをふまえてどのように行動するか、私たち一人ひとりはそれぞれに「自由」を与えられています。この「自由な心」の使い方を変えていくことが、誰もが望んでやまない「幸せな毎日」につながっていくのではないでしょうか。
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