第1241回2023年8月4日配信
教祖のお下がり
教祖のお下がりの美容液を頂いた。一人でも多くの方に使って頂き、心もお肌も元気になってもらおうと考えた。
教祖のお下がり
広島県在住 田口 智子
数年前のこと。天理教教祖「おやさま」にお供えされた美容液を頂くことがありました。金箔が散りばめられた色鮮やかな美容液。どうやって使わせて頂こうかと考え、たどり着いた答えは、一人でも多くの方に「教祖のお下がり」であることを伝えて使って頂き、心もお肌も元気になってもらいたいということでした。
そう思ったその日から、教会へ来られる信者さんや友人たちに、「教祖のお下がり」であることをお伝えしながら、一滴、二滴とつけて頂きました。
皆さんに同じことをお伝えしているはずなのに、受け取る人たちの反応は様々です。何度も何度も押し戴いてからつける方、「頭良くなるかなあ」と、笑いながら頭につける方、身体の痛む所につけて深々とお礼をする方など、同じ美容液なのに受け取り方は千差万別なのだなあと、あらためて思いました。
信仰している方だけでなく、未信者の友人にも教祖のお話をしながらつけてもらいました。中には「それなら病気の親につけてあげたい」と、ラップに一滴包んで大切に持って帰った友人もいました。後日、その友人は「お父さんの調子が良くなったんよ。ありがとう」と、お礼を言いにきてくれました。
何人か数えられないほど大勢の方に使って頂き、ビンの中身もいよいよ少なくなりました。あと一人か二人かな?と思っていた頃に真夏を迎え、「こどもおぢばがえり」が始まりました。
暑い日中、おぢばの神殿で参拝していると、ある友人と数年ぶりに再会しました。とても顔色が悪く、思い詰めた様な顔をしていたので訳を聞くと、「参加していた子が突然体調を崩し、いてもたってもいられないので、神殿にお願いをしに来た」と言います。
それも一度お願いしても良くならないので、一度宿舎に戻ってからまた神殿に来てお願いをし、また戻るを繰り返し、これで三度目の参拝を済ませたところだと言うのです。そこで私は友人にお下がりの美容液の話をして、「こうして神殿で会えたのも、『どうでもその子にたすかってもらいたい』というあなたの思いを、神様が受け取ってくださったからなのね。真実よね」と言って、美容液の入ったビンを振りました。本当に、最後の数滴でした。
友人はこれを手の平で受けると、「教祖、ありがとうございます」と深々と頭を下げ、反対の手でふたをして颯爽と宿舎へ帰って行きました。
振り返ってみると、私自身、一滴もつけない間に終わったひと瓶でしたが、このひと瓶が織りなす短い物語をいくつも見せて頂き、喜びを胸いっぱいに頂くことができました。
数年前亡くなったある信者さんは、いつも教祖を心に置いて日々を通っておられました。その方にお下がりを届けると、必ず押し戴いて「教祖ありがとうございます」と受け取り、みかんなどは勿体ないからと、外の皮まで小さくして頂いていました。
子どもの頃、祖母に「お下がりはな、受け取る側の心一つで、身につくものにもなるし、ただ同然のものにもなるんやで。お礼を申し上げて頂いたら、身の内に十分身につかせてもらえるんやで。忘れたらあかんで」と言われたことを今でも覚えています。
また、お下がりと言えば、十数年前のこんな出来事を思い出します。天理にいた私に、友人から電話がありました。
「今日、広島に帰るなら、今朝の教祖のお食事のお下がり、持って帰らない?」
その時私の頭の中に、重い病気を患っている地元の友人の顔が浮かびました。浮かんでくることには何かしら、神様の思いが込められていると信じている私は、帰る道中、新幹線を途中下車し、入院している友人の所に寄りました。友人は治療のためにしばらく食事がのどを通っていなかったそうですが、教祖のお下がりのおかゆと梅干を口に入れてみると、不思議とのどを通り、その日から少しずつ食べられるようになったと、後日聞かせてもらいました。
教祖をお慕いする信者さんの心を見落とさず、その心をつながせて頂くことの重要さをしみじみ感じています。これからも毎日心にアンテナを立て、人様のためにこの身体を使わせて頂きながら、心を磨いていきたいと思います。
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