第1207回2022年12月3日・4日放送
みーくんの請求書
子育ての苦労をお金に換算するなんて、思いも寄らないことだ。けど、もし息子に請求書を書くとしたら…。
みーくんの請求書
奈良県在住 坂口 優子
長男が中学一年生の時のこと。
「お母さん、こないだお父さんの手伝いした時のお小遣い、300円ちょうだい」
夕飯の後片付けをする私の側へやって来て、ぼそっと言うのです。普段決まったお小遣いをあげていないので、唯一の貴重な収入源であることは分かっています。でも、親としては、お金のためでなく、自ら進んでお手伝いができるようになって欲しい。この頃の長男は、中学生になり口数が少なくなったのに、たまに口を開けばお金の話ばかりで、当時の私のちょっとした悩みでした。
そんな時、たまたま受講した天理教の母親講座で興味深いお話を聴きました。それは、子育てで大変だったことを請求書に書いて子どもに渡すというもので、うちの子だったどうするだろうと、早速長男あてに請求書を書き、お手伝いをした時の300円を添えて渡してみたのです。
【請求書】
〇みーくんが生まれた日。前の日の朝9時からお腹が痛くなり、生まれてくるまで29時間10分。痛くて痛くて辛かったけど、みーくんに会えるまで諦めずに頑張りました。請求額0円。
〇みーくんが肺炎になった時、一週間一緒に入院しました。どうか良くなりますようにと、ただただ神様にお願いしました。請求額0円。
〇みーくんが毎日宿題をやらずにたまってしまった時、夜中まで付き合って宿題を仕上げ、先生に謝りました。請求額0円。
〇みーくんがお友達と喧嘩をした日、心配で心配で神殿に走りました。請求額0円。
〇みーくんのことを思い、毎日どんな日も愛情いっぱいのお弁当を作っています。請求額0円。
みーくんが元気でいてくれること。それだけでプライスレス。
みーくんが今日もお母さんの側にいてくれる、それだけで十分です。
みーくん、生まれてきてくれて、ありがとう。
結果、長男は請求書を読みながら涙をポロポロ流し、「お母さん、これ返す」と言って私に300円を差し出しました。母親講座のお話と同じ展開でした。
請求書を見て「お前は鬼や」と私に言った主人も、長男につられて泣いています。そして、私が持っていた300円を、主人が「ほら、ありがとうな」とあらためて長男に渡すと、親子三人揃って笑顔になりました。
私は鬼になるつもりなんて全くなくて、うちの子は請求書を見ても、「ふ~ん」とうなずくぐらいで、あっさり終わるだろうと思っていたのですが、予想以上に何かを感じ取ってくれたようでした。それからは、お金のことも言わなくなり、時には妹の散らかしたものを黙って片付けてくれたりして、少しだけ心の成長を見せてくれました。
母親講座では、この親子の請求書を引き合いに、きっと私たち人間の親である親神様も、こういう気持ちで私たちを見守ってくださっているのではないか、とお話を結んでいました。
毎日当たり前のように結構なご守護をお与えくださるのに、親神様は私たちに何一つ請求なさいません。その温かい親心を思い、お話の最中に胸がいっぱいになったことを覚えています。
私は、長男の心の変化を記録に残しておこうと、フェイスブックに事の次第を投稿しました。フェイスブックには面白い機能があり、何年前の今日はこんなことがありましたと、過去の出来事を教えてくれるのです。あれから8年が経ち、今年のその日、懐かしい投稿を読み、もう一度シェアすると、お友達が「その後の請求書が知りたい」とコメントをくれました。
確かに長男が成人を迎えた今、請求書の続きを書くとしたらどんな風になるだろう。面白そうなので書いてみることにしました。
【請求書】
〇みーくんのテスト期間は、いつも隣りで夜遅くまで勉強に付き合いました。請求額0円。
〇みーくんが寝坊をした日。慌てて中学校に電話をかけて先生に謝り、見送りました。請求額0円。
〇みーくんが天理の高校に進学し、寮に入った日。無事を祈り、お父さんと神殿で涙しました。請求額0円。
〇高校に入ってから初めての里帰り。少し痩せた姿を心配しました。請求額0円。
〇「お母さん!ここ訳して!」夏休み、英語の宿題を間に合わせるために、翻訳機として付き合いました。請求額0円。
…と、この辺りまでくると、だんだん請求することが見つからなくなってきました。それより、むしろ彼から請求書を提示されてもいいような、嬉しい出来事ばかりが浮かんでくるのです。
〇高校でマーチングバンド部に入ったみーくん。パレードや演奏会の本番にはできるだけ駆けつけました。楽器を構える凛々しい姿に涙があふれ、素晴らしい演奏にたくさん感動をいただきました。みーくんからの請求額0円。
〇「お母さん、何か手伝うことある?」春休みに帰ってくると、ゆっくりしたいだろうに、私の英語教室の発表会のために、徹夜で準備を手伝ってくれました。みーくんからの請求額0円。
〇「お母さん、ありがとう」。私のことを避けていた思春期の頃が嘘のように、何かある度に「ありがとう」と、もったいないほどお礼を言ってくれるようになりました。こちらこそ、返し切れないほどの喜びを、ありがとう。みーくんからの請求額0円。
これらは、すべてみーくんからの「プライスレス」の贈り物。それは、他にも細かく探せばきりがないほど、たくさん見つかるのでした。
生まれたばかりの頃は、初めて経験する夜泣きやイヤイヤ期。時間は飛ぶように過ぎていくのに、全然大きくならないし、このクタクタな毎日がいったいいつまで続くのだろうと、請求書を書きたくなる日々でした。
思春期になると口数も減り、何を考えているか分からずに心配するばかり。けれど、そこを通り抜けてから見せてもらった成長の日々は、それまでの請求分を返済してもらってなお、余りあるほどの喜びを私に与えてくれました。
人間が陽気ぐらしをするのを見て共に楽しみたいと、私たちをゼロ請求で見守ってくださる親神様。その親神様へ、プライスレスのご恩返しができる自分でありたい。みーくんへの請求書が時を経て、私にそう教えてくれたのでした。
おさしづ春秋『誠のかたち』
誠の心というは、一寸には弱いように皆思う。
なれど、誠より堅き長きものは無い。(M22・8・21)
私事をお許しいただきたい。底冷えのする夜、台所で物音がするので行ってみると、パジャマ姿の父が手鍋をガスコンロで温めている。私は驚いて「何やってるんですか」と、かどのある声を出した。手鍋の中身のことではなく、風邪をひくだけで命とりと言われていた父の病状を思い、気がささくれたのである。
父は教会に住み込んでいるおばちゃんが風邪をひいて臥せっているので、玉子酒を作って持っていくのだといった。そして、手鍋をかき混ぜながら、「この中に何が入っているか、分かるか」といった。
私は、「酒と、卵と、それから砂糖」と答えると、「あと一つ」と訊く。
「さあ……」と生返事をすると、父は、「誠が入ってある」とにんまり笑ってやっと振り向いた。あとはしますからといって追い立てるように寝かせた。
寝室の灯りを消そうとすると、父は寝床の中から、「誠は、みんなかたちをもっている。かたちのない誠はない」と、また笑ったような顔をした。私は黙ってうなずいて灯りを消した。それから長くはなかった。
今夜、しんしんと冷気がいきわたり、もう師走だというのに、やり残したことばかりを心に積もらせながら、私は十五年近くも前の、あのガスコンロの青い火を思っている。
(終)