(天理教の時間)
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第1279回2024年4月26日配信

欲しい愛情のかたち

宇田まゆみ
宇田 まゆみ

文:宇田 まゆみ

第1199回

生きているだけで百点満点

母の日に次男からアジサイのプレゼント。苦しさを乗り越えてきた彼からの贈り物は、格別に嬉しいものだ。

生きているだけで百点満点

神奈川県在住  一瀨 谷津子

 

毎年五月の第二日曜日は、母の日です。昨年、次男から久しぶりに母の日のプレゼントをもらいました。「何がいい?」と聞かれたので、花が好きな私はアジサイを希望しました。たくさんの苦難を通り抜け、頑張り続けて今の元気を頂いた彼からのプレゼントは、何とも嬉しいものでした。

昨年、二人でこんな話をしました。これから毎年、母の日のプレゼントをアジサイにして、花が咲き終わったら庭に植え替えて、教会をアジサイでいっぱいにしようと。毎年植えられるであろうアジサイが、教会にとって、そして私たち家族にとっての元気の印になるように思えて、楽しみが一つ増えました。ちなみに今年は、水色のアジサイをプレゼントしてもらいました。

大学の卒業を控えた頃から、次男は外に出ることがなくなりました。食事も一人で取ることが多くなり、人と話すことも避けるようになりました。

どうしてなのか、本人に聞くこともできずに、ただただ時の流れに乗って過ごす毎日でした。ひきこもりなのか?うつ病なのか?と勝手に想像しながら、精神疾患に関する講習会に何度も参加しましたが、どの話を聞いても当てはまりません。手を差し伸べることもできず、さりとて受け入れてあげることもできず、何年も心に棘が刺さったような痛みを感じながら過ごしました。

もちろん、本人は親の私よりもはるかに辛かったと思います。その頃の写真に笑顔はありません。しかし、十数年経ち、「プレゼント、何がいい?」と語りかけてくる彼には笑顔が戻っていました。

つまずいた分、苦しかった分、彼はとても優しいのです。私は彼の心の辛さの分だけ、たくさんの気づきを得て、親として成長させてもらいました。彼がいなければ、親として分からない気持ちがたくさんあったと思います。

「掃除は生きる上での基本を教えてくれる」との信念を持つ夫は、ある時から次男にトイレ掃除をするよう勧めました。自ら率先して実行する夫の言うがままに始めたものの、すぐにやめてしまうと思っていました。ところが、毎日毎日、彼はトイレ掃除を続けています。

人より少し出遅れてしまったけれど、自分の力で乗り越えて頂いた元気ほど有り難いものはないと、彼の姿を見て感じています。

最近もう一人、嬉しい話をしてくれた青年がいます。彼は昨年、母親を突然亡くしました。幼い時のことは詳しく知らないのですが、私が出会った頃の彼は、人と関わることが苦手な笑顔のない青年でした。信仰熱心な母親は、「この子は優しいのよ」とよく言っておられましたが、外からはその優しさが中々見えませんでした。

そんな彼が、「母の日に、兄と一緒にお墓参りに行ってきました」と話してくれました。母の日にお墓参りとは、あまり一般的ではありませんが、生前好きだったお花を持って会いに行き、兄弟で思い出話に花を咲かせる。次男からのアジサイの贈り物が重なり、素敵だなあと胸が温かくなりました。長いトンネルの中を、コツコツと歩き続けてきた彼の優しさに出会った気がしました。

人生はそれぞれに違う。みんな同じでなくても大丈夫。この二人の青年を見ていて、人生には必ず転機が訪れることを知りました。

心が折れそうになった時、逃げ出してしまいたくなった時、信仰が道しるべとなり、迷うことなく長いトンネルの出口へと歩き続けられたのだと思います。子どもだけではありません。親もまた、子どもの後ろ姿に多くのことを教えられながら、信仰を心の杖として歩いてこられたのです。

一日の命を頂けるだけで百点満点。ご飯をおいしく頂けるだけで百点満点。長い長いトンネルを歩き続けた彼らの心の頑張りに、エールを送りたい。そして、その心を今度は迷っている誰かのために使ってもらいたいと、私はいつも願っています。苦しさの中にいた者にしか分からない心の力を、彼らは持っているのですから。

朝一番の太陽の光は、きらきらと輝きを増しながら大空に広がってゆきます。こうして当たり前のように朝を迎えられることに、毎日感謝でいっぱいです。

 


 

ここはこの世の極楽や

 

実業家として成功していたAさんですが、ある時から事業に行き詰まり、多額の借金を背負ってしまいました。銀行も融資には応じてくれず、最後の最後に財産家の友人のことを思い出し、電話で事情を話し、約束の日時に訪ねていきました。

さあ早速お金の話を、とAさんが意気込んでいると、広大な邸の小さな茶室に案内されました。邸の主である友人は、一時間、二時間経っても一向に姿を見せません。イライラが頂点に達した頃、ふとAさんが床の間の掛け軸に目をやると、そこには「南無地獄大菩薩」と書かれていました。

「地獄こそ自らを救わんとする菩薩なり」。掛け軸を食い入るように見つめ続け、自分の心境と重ね合わせるAさん。なるほど、自分が今地獄のような境遇であることは紛れもない事実である。この苦しみから逃れるために必死に努力をしてきた。だが、たとえ今日友人からうまくお金を借りられたとしても、地獄から脱け出せるという保証はあるだろうか。

ここまで思案すると、Aさんの心は意外なほど穏やかになりました。よし、この状況が自分の運命なら甘んじて受け止めよう。きれいさっぱり裸になり、この地獄こそ我が棲み家だと見定めて、人生をやり直すんだ。もう友人にお金のことは頼むまい、そう心に決めました。

Aさんは掛け軸に向かって丁寧に一礼をして、茶室を出ました。やがて顔を表した友人にはお金のことは一切口にせず、「今日はまたとない、素晴らしいお宝を頂戴しました」とお礼を述べました。友人は「それは何よりでした。またお困りの時は、いつでもお出でください」と、涼しい顔で応じました。

友人が、Aさんのためにその掛け軸を用意し、茶室に案内したことは言うまでもありません。その後Aさんは、この苦境に正面から立ち向かい、見事、事業の立て直しに成功したそうです。

さて、天理教においては、地獄またはそれに類する教語はありません。たとえ側から見れば地獄のような状況であっても、その中に神様の親心を悟ることができれば、地獄ではなくなる道が用意されているということでしょう。

教祖・中山みき様「おやさま」が教えられた「みかぐらうた」に、

  こゝはこのよのごくらくや
  わしもはや/\まゐりたい(4下り目 九ッ)

とあります。

このお歌が作られたのは慶応年間。教祖がこの教えを開かれてから、およそ三十年の歳月が流れていました。この間、世間の人からは笑われ謗られ、貧のどん底にありながらも、教祖は常に明るい喜びの心を失わずに、たすけ一条の道を通って来られたのです。そのような只中にあって、「ここはこの世の極楽や」と高らかに歌われた教祖のお心を、深く思案するべきだと思うのです。

(終)

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