第1220回2023年3月4日・5日放送
伝えたいこと
人の心に寄り添うとは、何と難しいことだろう…。その女性は娘さんを突然亡くし、失意のどん底にあった。
伝えたいこと
神奈川県在住 一瀨谷津子
四歳になる孫が、「ばあばあ、誕生日何が欲しい?」と聞いてくれました。「そうねえ、何が欲しいかなあ…」すぐには思いつきません。今の私はこうして子や孫たちが顔を見せに来てくれて、楽しそうな声があっちからもこっちからも聞こえてくるだけで十分幸せで、それ以上求めるものがないのです。
先日、山の上にある病院に行きました。二年前に右肺の三分の一を切除し、それからというもの、季節の変わり目を迎えるたびに体調を崩し、病院との縁が切れなくなりました。どんな病気であれ、体調が悪くなることは不安を呼ぶものだということを、しみじみ感じています。
バスを待ちながら、空一面に広がる雲の流れに心を奪われました。「何て美しい風景なんだろう」。人間の世界は色んな出来事で大忙しですが、風も空も太陽も、自然の恵みは何一つ変わることはありません。
冷たい風を受けながら、ある女性のことを思い出しました。その方は60代で、歩くのもやっとという状態の時に、地域の民生委員さんに勧められ、教会を訪ねて来られました。
寒い冬の日でした。彼女は身体の不調に加え、娘さんを突然亡くしたばかりで失意のどん底にありました。何と声を掛ければいいのか、何をどうすればいいのか、その頃の私には分かりませんでした。お弁当を作って届けたり、おしゃべりをしに伺ったりと思いつくことを続けてみましたが、心は閉ざされたままでした。
その後、引っ越しをした彼女に、私は一方通行の手紙を書き続けました。そして一年半が過ぎた頃、やっと心の扉が開き始め、教会へ足が向くようになりました。
ところが、人間というのは勝手なものです。出会いから三年、「元気になって欲しい」とあれだけ願っていた私の心は疲れていました。毎日かかってくる電話は、同じ話の繰り返し。親身になって聞けば聞くほど、全身に重い荷物がのしかかってきます。そんな事から、知らず知らずのうちに逃げたくなっていました。
これではいけない、元気になって欲しいと願っていた初心に帰らなければ、と気づいた矢先、突然別れの日を迎えました。
振り返れば、後悔することばかりです。自分はたすけていたつもりでも、実は彼女のことを何も分かっていなかった、寄り添ったつもりになっていただけだと。
彼女はよく、「こんにちは」と元気よく尋ねていく私に、「あんたの元気が私には痛いのよ」と言っていました。そんな何気ないひと言にも傷ついていた私でしたが、彼女はこう書き残してくれていたのです。
「きてうれし 明るい笑顔 まちわびる」
私に残ったのは、「ごめんなさい」という心だけでした。彼女は私の笑顔を待ってくれていたんだ。なら、もっともっと、明るさを与えてあげたかった。
誰もが違った境遇で生きているので、その身にならなければ分からないことばかり。人の心に寄り添うとは、何と難しいことなのだろう…。
けれど、そんな中でも私は幸せを感じながら生きています。自分が病んで身体に不安を抱える辛さを知って、ようやく気づきました。大空の下にある、当たり前に過ぎる毎日がいかに有り難いことなのかと。
私の机の前に、こう書き記したメモがあります。
「この信仰は、心通りの守護です。心を倒していては守護はありません。守護を頂く心になることが大切です」
今、ここにこうして生きている。家族と離れて一人かもしれない、病気で苦しんでいるかもしれない、けれど生きている。当たり前に迎える変わらない毎日。その中で、与えられた命を精一杯生きていくうちに、幸せの小さな種が見つかるのかも知れない。年を重ね、そう思うようになりました。
「ばあばあ」と差し出してくれる小さな手に、目に見えない幸せの種をいっぱい手渡してあげられる自分でありたいと思います。
いつの時も私たちは守られ、生かされて生きているのだと伝えたい。そして、この守りの中にこそ確かなものがあるのだということ、それこそが私の心の支えなのだと。
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