(天理教の時間)
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第1279回2024年4月26日配信

欲しい愛情のかたち

宇田まゆみ
宇田 まゆみ

文:宇田 まゆみ

第1214回

偶然か?神様か?

初産婦が出産間際のタイミングで、医師が不在という緊急事態。全責任が私の肩にのしかかってきた。

偶然か?神様か?

助産師  目黒 和加子

 

「すごい偶然、不思議やなあ~。いやいや待てよ。これは単なる偶然ではないかもしれへん」と感じた経験はありますか。今回はお産の現場で起きた一つの偶然によって、思いもよらぬ結果になった出来事をお話しします。

 陣痛が来て、真夜中0時過ぎに入院した初産婦の植田秀美さん。ゆっくりゆっくりお産は進み、子宮口が全開大して分娩室に入ったのは午後二時。植田さんは痛みで眠れず、食事も喉を通らずヘトヘトになっています。

「先生に分娩室に入りましたと内線で伝えてください」と、看護師の谷さんにお願いしました。

「おかしいな、内線電話に出ない。不在みたいです。携帯にかけてみます」

谷さんは受話器を持ったまま首をかしげています。

「あっ、先生、植田さんが分娩室に入りました!」

「あの~、駅前の美術館にいるんだけど…」と、ひそひそ声の先生。

「え~っ、陣痛が来てる産婦がいるのに外出ですか!大至急戻ってください!」

谷さんは金切り声で怒っています。

「すぐに戻ります。何とかお産を引き延ばしておいてください」という先生の焦った声が聞こえてきました。

その5分後に自然破水。羊水が黄緑色に濁っています。途端に胎児心拍が不安定になり、一気に胎児が苦しい状態に陥りました。

そこに先生から電話が。

「美術館の駐車場を出ようとしたら、前の車を運転していたお年寄りが、駐車券を入れる所に五百円玉を入れたらしくて、ゲートが開かなくなって出られないんです。分娩に間に合わないと思います。目黒さん、あとはよろしくお願いします」と震える声で言うと、一方的に電話が切れました。

いきなり全責任が、私の肩にのしかかったのです。「それでも医者か!」と思いましたが、文句を言っている場合ではありません。心臓をバクバクさせながらも、「出来ることを精一杯やろう。後は神様が何とかしてくれはる」と、心をクールに切り替えました。

「これ以上引き延ばして時間をかけると、胎児への負担が大きくなる。蘇生の準備が整い次第、すみやかに娩出や!」

植田さんには焦りを微塵も見せないよう、穏やかに微笑みながら、「先生が外出先でトラブルに巻き込まれて、戻って来れません。私とナースで分娩介助をします。私は助産師経験20年のベテランです。今までに千人以上の赤ちゃんを取り上げています。安心してください」と伝え、素早く蘇生器具を準備。もちろん心の中では「南無天理王命」と神名を繰り返し唱えていました。

植田さんは医師が不在と聞き、えっ!という表情。そんな中、午後235分、男の子が産まれました。ぐったりした赤ちゃんが産まれてくると思いきや、至って元気です。チアノーゼはありましたが、酸素投与ですぐに回復しました。

そのタイミングで、大汗をかきながら先生が戻ってきました。先生はおしもの傷を縫っている間、植田さんに謝りっぱなしです。植田さんは先生のお詫びを完全無視。ぶーっとふくれっ面をして、かなりお怒りの様子。そうですよね。陣痛がきている産婦がいるのに美術館に行ってたなんて、言語道断!医師としてあるまじき行為です。

怒りが収まらない植田さんに、「医師がいない中でのお産になってしまい、心からお詫び致します。申し訳ありませんでした」と私も深々と頭を下げましたが、目は吊り上がり爆発寸前です。

ちょうどその時、植田さんの実家のお母さんが医院に到着。分娩室に入ってくるなり、「取り上げてくださった助産師さんですか。この度はお世話になりました。おやつに召し上がってください」と菓子折りを差し出されました。その包装紙に見覚えがあります。これは宇都宮の銘菓、うさぎやの「チャット」ではありませんか。ミルク風味の白あんがしっとりとやわらかく、なめらかな口当たりの宇都宮を代表するお菓子です。

私はふくれっ面の植田さんに、「これはチャットですよね」と話しかけました。

「目黒さん、チャットをご存じなんですか?」

「主人が宇都宮出身なんです。植田さんも宇都宮のご出身ですか?」

「そうです。実家は文化会館の近くです」

「主人の実家も文化会館の通り沿いなんです。陽西通りと六道の辻の交差点の所にコインランドリーがあるでしょう。その斜め前です」

「え~っ、六道の辻は高校の通学路だったんですよ!ご主人さんの実家の前を自転車で通学してました。もしかして同じ中学校かも?」

「宮の原中学校って言ってました」

「私も宮の原中学校ですよ!私、ご主人さんの後輩です。すごい偶然ですね」

その後も宇都宮の話で盛り上がり、植田さんの表情が緩んできました。お産後二時間経って分娩室を出る際、「お医者さんが間に合わなかったのは残念ですが、目黒さんが力強くサポートしてくださって、不安なく産めました。どうか気になさらないでください。だって、ご主人さんと私は宮の原中学校の出身じゃないですか」と、ニッコリ笑顔で言いました。

今回の出来事はコンプライアンス的に見て、医療機関としての信用を失いかねない大きな問題です。しかし、産婦と助産師の夫が同じ中学校出身ということで、大ごとにならずに済んでしまいました。

もし、この日の勤務が私以外の助産師だったらどうなっていたでしょう。植田さんの怒りは収まらず、大ごとになっていたかもしれません。ネットで調べると、日本全国の中学校は一万校以上あります。偶然と思えば「へエ~」で終わりますが、神様が偶然を装って治めてくださったと、私は受け取っています。「危ないところをありがとうございます」と、心の中で手を合わせました。

そうそう、谷さんと私で先生にきつーいお灸をすえ、猛省を促し、産婦がいる時の外出禁止令を出しました。神様のご守護に甘えることのないよう、抜かりなく!

 


 

おさしづ春秋『水の味』

 

  心に結構という理を受け取るのや。
  結構は天のあたゑやで。 (M35・7・20)

 

冒険家の植村直己さんが厳冬のアラスカ・マッキンリー山の頂上を極め、下山途中に消息を絶ってからもうずいぶんになるが、「物資に恵まれている中では人間本来のものは失われている」という植村さんの言葉は死んではいないように思う。

カメラマン池間哲郎さんの著書に、フィリピンの広大なゴミ捨て場に群がる子どもたちを取材したものがある。吐き気をもよおす悪臭の中、子どもたちの手や足は真っ黒に汚れ、皮がめくれて血だらけになりながらも、一心にただ同然で売買される資源ゴミを拾って暮らしていた。

その中の一人、十歳ぐらいの少女に、

「あなたの夢はなんですか」

と聞くと、少女はニコニコしながら、

「私の夢は大人になるまで生きることです」

と答えた。池間さんは、子どもたちが皆、笑顔だったからよけいにこたえた、と記している。

かたや、物資に恵まれながら、気に入らないことがあるとすぐに不機嫌になり、キレやすい子どもがわが国では増えているという。同じ土俵の上の話ではないが、貧困の中の明るい笑顔が真実だとすれば、残念ながら、恵まれすぎて不機嫌な子どもたちの不幸のほうが深刻なのかもしれない。

天理教の教祖は、食事にこと欠くなか、わが子に「水を飲めば水の味がする。親神様が結構にお与え下されてある」(「教祖伝」40頁)と、どんな境遇にあっても、結構に健康をお与えくだされてある、その「与え」に心を向けることを教えられている。

(終)

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