(天理教の時間)
次回の
更新予定

第1394回2026年7月10日配信

母が大切にしていたもの

山本達則先生 IMG_1557
山本 達則

文:山本 達則

第1393回

大丈夫=マイペンライ

毎年多くの方をタイからおぢばへお連れするTさん。口癖の「大丈夫=マイペンライ」は、神様への絶対の信頼からくる。

大丈夫=マイペンライ

タイ在住  野口 信也

 

タイ人のようぼくで、日本語で「大丈夫」という意味のタイ語「マイペンライ」が口癖のTさんという方がおられます。

この方は、若い頃友人に誘われ、日本へ行くことになりました。しかし、いざ出発となった時、その友人は、「もしかすると騙されているかも知れないので、自分は日本へ行くのをやめる」と言い出したそうです。しかし、Tさんは「まあ、だいじょうぶ、何とかなる」と持ち前の性分を発揮し、誘われるがまま日本へやって来ました。

そこは岡山にある天理教の教会で、Tさんはその後、修養科を修了し、その教会でお世話になりながら日本語学校へ通いました。彼は勉強が得意ではなく、教会でのひのきしんも気の向くままという程度でしたが、その教会の会長さんや前会長さんは、そんな彼の気ままな生活を責めることなく、温かく見守り、大切にしてくれたとのこと。その時の恩返しをしたいと、Tさんはタイで天理教を広めることを心に誓いました。

Tさんは26年前にタイへ帰国後、自宅に立派な神床を構えて神様をお祀りし、日を決めて月次祭をつとめ始めました。友人や知人、近所の方、散歩中に知り合った方、子供のクラブの関係者、会社の方など誰にでも声を掛けるので、月次祭には初参拝の方が多く来られます。

また、祭典に間に合わなかった人にも、「大丈夫、今おつとめ終わったから、飲みに来てね」と電話をかけ、奥さんのおいしい手料理を食べながら、みんなで楽しくビールを飲みます。とにかくいつも明るく、誰にでも気さくに優しく声をかけ、人を責めることをしない彼の元には、どんどん人が集まります。

教祖誕生祭がつとめられる4月中旬、タイではタイ正月の長期休暇があります。Tさんはこの時期を利用して団参を組み、おぢばがえりを続けています。最初は少人数でしたが、現在は毎年30名で帰参。これは教会で受け入れることの出来るギリギリの人数で、来年、再来年とも予約でいっぱいだそうです。

帰参する人の中には、「天理教はどんな教えですか?」と尋ねる人もいますが、Tさんは親神様、教祖について少しだけお話をして、「まあ、大丈夫、行ったらわかりますから」といった調子です。教えに興味がある人も、ない人も、「大丈夫」と気軽にどんどん誘います。そして、誰もがおぢばと教会での温かい受け入れに心を打たれ、「また帰りたい」と口にします。

ある年、私が別席のお誓いの通訳をしていた時のことです。そこに、どこかで見覚えのあるタイの方が来ました。よく見ると、なんとタイの税務署の方々でした。タイの公務員の中には少し高飛車な方もいて、私も留学の時の手続きで苦労させられたので、受付の方々の顔を覚えていました。

私は自分の目を疑うほどびっくりして、Tさんにどういう経緯で彼らがおぢばがえりをすることになったのか聞いてみました。

毎年、帰参前の3月末頃から、Tさんが勤める日系の会社でも税申告の手続きが必要なのですが、それがなかなかスムーズに進まないので、Tさんはいつも「早くしてくれないと、日本に行けなくなります」と訴えるのだそうです。すると税務署の方に、「どうして毎年日本に行く必要があるんだ」と聞かれたので、「日本には天理という素晴らしい所があって、そこへ行くことを毎年みんな心待ちにしているんです」と。

すると職員さんが、「そんな所あるはずがない。騙されているんだろう」と言うので、Tさんはいつもの調子で「一度行ってみればわかりますよ」とお誘いし、税務署の窓口の職員さんをまとめてお連れしたとのこと。Tさんの器の大きさに驚かされました。

そんな彼の信仰信念を垣間見た出来事があります。Tさんと一緒に帰参する予定だったある母親と小学生の息子さん。息子さんはもともと腎臓病で少し顔が黒ずんでいました。

出発を前に体調を崩し、お医者さんから「日本行きは中止するように」と言われ、母親は仕方なくTさんに帰参出来ないことを伝えました。するとTさんは、「大丈夫、病気だからこそおぢばへ行くのですよ」と一歩も引きません。果たして、おぢばがえりを決行した息子さんは、病気を鮮やかにご守護頂き、今では社会人として立派に独り立ちされています。

また、おぢばでは、隔年で修養科タイ語クラスが開催されますが、毎回必ずTさんの所属教会から4、5名以上の方が志願されます。中には、日本語の勉強や日本へ行くことを目的としている人もいるので、修養科を終え、岡山の教会でお世話になりながら日本語を勉強し、その後、教会から離れてしまう方もいます。それでもTさんは「大丈夫」といつでも声をかけ続けます。

そして年限が経つと、その連絡がつかなくなった方たちの多くは、家族が出来たり人生経験を積んだ後で、また会長さんやTさんを慕って教会へ帰ってくるのです。今では、Tさん宅へ会長さんが巡教される時には参拝場に入りきれないほどの人が集まり、自宅へ神様をお祀りする方も増えています。

つい最近、Tさんがこんな話をしてくれました。約10年前、Tさんの友人が10輪トラックの下敷きになるという交通事故に遭い、虫の息となってしまいました。

出張所でお願いづとめをして病院に着いた時、友人は口から大量の血を吐き、足もぐちゃぐちゃに折れていて、どう見てもたすかりそうにありません。心電図もほぼ動きのない状態の中、取り囲んでいる親族の方に「天理教のお祈りをさせて頂きます」と断ってから、おさづけを取り次ぎました。

Tさんはこの時、「もう無理なら、このまま苦しまずに逝けますように。でも、もしたすかるならどうかおたすけください」そんな心中だったそうです。するとおさづけを取り次いだ瞬間、友人の眼が開き、心拍が戻ったのです。それを見た親族の方たちは、大きな声をあげて喜び、Tさんを取り囲んで感謝の意を表したということでした。

友人いわく、「病院のベッドの上で、見知らぬおばあさんが、私をこちらの世界に呼び戻してくれた。そして、目が覚めたらTさんの姿が見えた」とのこと。Tさんは「それはきっと教祖だね」と。翌年、友人はおぢばへ感激の初帰参を果たし、現在では義足をつけて元気に社会復帰を果たしています。

腎臓病の子供の他にも、がんを患った知人、教会長さんの身上など、どんなおたすけの時にも、「大丈夫、マイペンライ」と明るく受け止めるTさんの心には、いつでも親神様、教祖がたすけてくださるから大丈夫、という確固たる信念があるのです。

「大丈夫=マイペンライ」

陽気ぐらしへの合言葉に聞こえてきます。

 


 

心に吹く風「お下がりのセーラー服」

 

大切なことを人に伝える、その瞬間は、いつも何の前触れもなく突然にやって来ます。

私はある教会をお預かりしている教会長です。うちの長女は、近所の子供さん方のお下がりの制服で小学校、中学校と通わせていただきました。別に教会だから辛抱しなければならない、新品を買ってはいけない、というルールはないのですが、事実、少し不自由なくらいが子育ての環境には適しています。私はそう思って、子供たちにあえて不自由な暮らしを強いてきました。

娘が高校に進学したときの話です。さすがに高校の制服は、近所に通っていた人がいなかったので新品を買うことにしました。

入学式で着用するために、合格者招集のときに採寸しました。娘は「いままでずっと人のお下がりだったよね」と言って、たいそう喜んでいました。やがて用意ができたと店から連絡があり、真新しいセーラー服を取りに行きました。制服が届いた日、娘はよほど嬉しかったのでしょう。枕元に置いて寝ていました。

そして迎えた入学式。晴れの舞台に新品の制服で立つわが娘は、ひときわ晴れやかな表情をしていたように覚えています。

授業が始まり、テニス部に入部し、娘の高校生活は順風満帆に船出をしたと、そう思った矢先の六月のある日のこと。部活動の最中に、その制服をバッグごと盗まれてしまったのです。外部の犯行か、内部のいたずらか、いまだに真相は分かりません。

学校から連絡があり、駆けつけた私は当惑しながら校長先生の説明を聞きました。警察に届けて真相究明に努力はするが、外部の犯行の場合は見つかる可能性は低い、という説明でした。

娘の落胆ぶりはいかばかりだったでしょう。すぐに新しい制服を買い与えるには時間的にも余裕がなく、次の日、娘には体操服で登校させました。

そのとき、ある女子大学生が教育実習に来ていました。ご存じの通り、教育実習は原則として母校へ行く場合が多く、その実習生もそうでした。そして偶然にも、自分が高校生のとき着ていたセーラー服を、誰かに着てもらおうと持ってきていたのです。それを丸ごと娘に下さるということになりました。

頂いた制服を家に持って帰った娘が、その制服の入ったビニール袋を見つめながらポツリと、静かに笑って言いました。

「やっぱり、お下がりだね」

おそらく悔しさ、残念さを噛みしめてのひと言だったと思うのです。

親として、ここで何と答えるか。私はここが勝負のような気がしました。いろんな答えが頭を駆け巡りました。

「誰が盗んだんだろうね。頭にくるね」と、子供と一緒に怒る。これも一つの答え。「やはり新品は、縁がなかったのかもしれないね」と諭す。これも一つの答えでしょう。

私はとっさに思案しました。天理教の教祖、中山みき様なら何とお答えになるだろう。誰かを悪者にして、子供と一緒に腹をお立てになるだろうか。教祖の教えに、そんな教えがあるだろうか。また、うなだれている人の背中に向かって、「縁がなかった」と突き放すような言葉をかける教えがあるだろうか。そのどちらでもないような気がします。

そこで、私の口をついて出てきた言葉は、「な、これで人さまの真実が分かっただろ」でした。

この答えが正解だったのか、いまでも自信はありません。もっと正しい答えがあったのかもしれない。しかし、直前までうなだれていた娘は、この言葉を聞いてハッと顔を上げ、目を輝かせました。そして、嬉しそうに「うん」とうなずいたのです。

その娘は、縁あってある教会に嫁ぎました。願わくは、人に対していつも喜びの言葉を出せる人であってほしい。親としてそう願っています。

(終)

天理教の時間専用プレイヤーでもっと便利にもっと身近に天理教の時間専用プレイヤーでもっと便利にもっと身近に

おすすめのおはなし