(天理教の時間)
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第1391回2026年6月19日配信

生きていることがキセキ

yamasaki
山﨑 石根

文:山﨑 石根

第1390回

心定めが第一

教祖140年祭へ出発する前日、妻が心臓に痛みを覚え救急搬送。「これが年祭なんだね」との次女の言葉にハッとした。

心定めが第一

埼玉県在住  関根 健一

 

待ちに待った教祖140年祭。その日を間近に控え、我が家もそれぞれ予定を調整し、家族揃って125日におぢばがえりをすることになりました。

車いすの長女も連れて新幹線で移動するため、荷物は前もって宅配便で発送を済ませ、あとは妻と一緒に教祖へのお土産を買いに行くだけ━そんな出発前日の夜のことでした。

近くの大型商業施設が夜9時まで営業しているので、午後7時から出勤する次女を職場へ送りながら出かけようという段取りになりました。夕づとめをつとめ、夕食を終えた私は一旦自室へ上がり、おぢば滞在中に片付ける仕事の資料を整理していました。

そろそろ時間かと思った頃、階下から私を呼ぶ次女の声がします。「はーい、今行くよ」と返事をし、パソコンを閉じて上着を手に階段を降りようとすると、次女が途中まで上がってきていました。そして私の顔を見るなり、「お母さんが心臓の辺りが痛いというので、病院に連れて行って欲しい」と、神妙な面持ちで告げたのです。

慌てて一階に降りると、胸を押さえて横になる妻の姿がありました。これまでも腰痛などでうずくまることはありましたが、明らかに様子が違います。ただならぬ気配を感じ、「救急車を呼ぼうか」と声をかけました。すると妻は苦しそうにしながらも、「救急病院に電話して」と指示を出しました。

すぐに連絡し症状を伝えると、「その症状は当院では専門外になる可能性があります。救急車を呼ぶか、総合病院へ連絡して下さい」との返答でした。

電話を切り、妻と相談の上119番へ連絡。事情を説明すると、「救急車を向かわせました」と言って頂き、少し安堵しました。その後も詳しい症状を聞かれ、最後に「サイレンが聞こえたら外へ出て誘導して下さい」と指示を受けました。

我が家から数百メートルの場所に消防署があるため、そこから来るものと勝手に思い込み、次女に妻を任せて私はすぐ外へ出ました。外へ出てから、「次女におさづけの取り次ぎをお願いすればよかった」と気づきましたが、あとで戻ってからでもいいかと思い、そのまま到着を待つことにしました。

坂の上から消防署の灯りは見えるものの、動く気配がありません。しばらくすると、向かっている救急隊員から私の携帯に電話が入りました。

改めて本人の状態を確認したいとのことでしたが、私が外で待っていると伝えると、「到着まで10分以上かかります。患者さんのそばにいてください」と言われ、そのとき初めて最寄りの消防署からの出動ではないと気づきました。落ち着いているつもりでも、どこか動揺していたのかもしれません。

家に戻ると、次女が「お母さんにおさづけを取り次がせて頂きました」と報告してくれました。その言葉は父親への説明というより、所属の教会長への報告のように響きます。促さなくとも自らおさづけを取り次いでくれた次女の姿が、実に頼もしく感じられました。

やがて救急車が到着。その頃には激痛は和らいでいたものの、波のように痛みが戻る様子です。妻をストレッチャーに乗せ、私と次女も車内へ。既往歴や服薬状況の確認が続き、搬送先が決まると、妻には次女に付き添ってもらい、私は自分の車で病院へ行くことにしました。

帰宅時間が読めないので、長女の介助を看護師の友人にお願いし、入れ替わりで病院へ。すると処置室の前で次女が待っていました。検査と処置にまだ時間がかかるとのことで、「このまま入院になるのか。果たして年祭に参拝できるのか」と、不安が押し寄せてきました。

すると、次女がポツリと「直前までいろいろ起こるね。これが年祭なんだね」と。そのひと言にハッとさせられました。目の前の出来事にうろたえて、これもまた親神様、教祖の思召しだと受け止められていないことに気づきました。

無心で祈る思いで待つこと一時間。看護師さんに呼ばれ、妻のもとへ向かいます。ベッドに横たわる妻は落ち着きを取り戻し、「もう大丈夫」と言えるほど回復していました。

検査結果では急を要する所見もなく、本日は帰宅可能とのドクターの説明を受け、一同胸をなでおろしました。

帰りの車中で妻が、「救急車の中で、修養科に入る時のばあちゃんの話を思い出していたの」と言いました。

30年前、教祖110年祭三年千日の頃。妻は修養科志願の前日に高熱を出し、インフルエンザと診断されました。両親と「来月に延期しようか」と相談していたところ、所属教会の会長である祖母が、「私が連れて行くと言っているのだから心配することはない。神様にもたれていればいい」と言い切ったのです。妻は、「そのひと言があったからこそ、修養科の三か月を勇んで通れた」と、折に触れて私たちに話してくれていました。

その話を思い出しながら、私は「自分が会長として神様にもたれ切っていないから、こんな姿をお見せ頂いたのだ」と深く反省しました。

翌朝、妻はすっかり回復した様子。出発を少し遅らせましたが、家族四人揃って無事おぢばがえりをすることが出来ました。

教祖140年祭当日には、四国・松山から帰参した妻の家族と神苑で合流し、共にみかぐらうたを唱和しました。

真柱様は、ごあいさつの中で、

「月日がありてこの世界あり、世界ありてそれ/\あり、それ/\ありて身の内あり、身の内ありて律あり、律ありても心定めが第一やで」(M20113

との教祖のおさしづを引用され、元なる親神様の思いに沿い切る心を定めることが第一であり、これは現在の私たちも心しなければならない信仰の要であると、お諭し下さいました。

そのお言葉を聞きながら、年祭活動を通して完遂できなかった心定めのことや、出発前日の私の心遣いの甘さが胸に迫ります。それでもなお、家族とともにおぢばで手を合わせられたことは、親神様、教祖からの大きな贈り物にほかなりません。

この喜びを胸に刻み、次なる目標へ向かって一歩ずつ前進していきたいと思います。

 


 

談じ合い

 

親神様は、この世界と人間を創めるにあたり、泥海の中を見澄まされ、その中から雛型と様々な道具を引き寄せられ、それぞれに承知をさせて貰い受けられました。

教祖直筆による『おふでさき』に、

 

  みすませばなかにどぢよもうをみいも
  ほかなるものもみへてあるなり (六  83)

 

  そのものをみなひきよせてたんぢやい
  にんけんしゆごはぢめかけたら (六  84)

 

とある通り、決して一方的に引っ張ってきたのではなく、しっかりと談じ合って、承知をさせた上で人間創造の守護を始められたという所が肝心な点です。どこまでも、受ける側の主体性を親神様は尊重されているのです。

この場面から、現代に生きる私たちの思案のしどころがあるのです。それぞれ異なる性格、異なる考え方を持つ者同士が相対する毎日、それは夫婦、親子であっても同様です。そのような中をお互いに話し合い、諭し合い、心の向きを一つに揃えて歩んでいくことが大切なのです。

話し合いが充分でないばかりに、いざこざが起こってしまうことはよくあります。家族同士でも、相談し合う機会が少ないと、徐々に歯車がかみ合わなくなります。

反対に、談じ合いがしっかりなされていれば、内々は自然と治まり、いかなる節をも乗り越えられる、まさに一手一つの力が得られるのではないでしょうか。

お言葉に、

 

 「談じ合い、だん/\談じ合えば、理は分かる」(M33・9・14)

 「今一時の話は談じ合い/\、談示から理を組み立てゝ諭す」(M32・2・2)

 「互い/\談じ合いは溶け合いとも言う」(M31・3・19)

 

とあります。

談じ合いは、どれほど時間がかかろうとも、根気よく続けなければなりません。また、談じ合っているつもりでも、いつしか感情的になって自分の考えを押しつけてしまうこともあるので、その点も気をつけなければならないでしょう。

お互いに素直な気持ちを伝え合う中にも、相手の意見を尊重し、心を一つにして溶け合ってこそ、陽気ぐらしへの確かな方向性が見えてくるのです。

(終)

 

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